香久山雨スペシャルインタビュー「創造の向こう側へ」ナビゲーターをつとめます、マインドフルネス・セラピストの三嶋かよです。



三嶋かよ:今回でラストになります。7回目の放送ですけれども、今日は1月に控えている雨さんの個展に向けて「今、ここにある想い」を伺っていきたいと思います。まずは、作品の進捗状況を教えて頂きたいんですけれども。




香久山雨:ちょっと前までもう絶対に終わんないと思ってたんですけど、意外と終わりそうな気がします。




三嶋かよ:お!良かった!ゴールが見えてきた(笑)




香久山雨:終わるのが「意外と」じゃだめなんだけどね(笑)でも、本当に思い詰まってた時は「絶対に無理じゃん」とか思ってたんだけど、その山場を越えたら「大丈夫」って思えるようになって、それは現実が変わったっていうよりは、気分かもしれない。大丈夫だっていう気分がないと安心して書けないから、そういう風に気持ちが変わったっていうのは、本当に大丈夫になる兆しだと思います。




三嶋かよ:一時、ちょっと辛そうだなって印象があったけど。




香久山雨:そう、一番大きい絵を仕上げようしてた時が一番きつかった。10月の終わりぐらいから、11月の一週目ぐらいかな。あの絵やばくてさ。




三嶋かよ:やばいんだ(笑)




香久山雨:作業量が一番多い絵を描いてたのね、11月の上旬まで。それがね「やってもやっても終わんないんだけど」みたいな感じだよね。無限地獄みたいな気持ちに陥ってて。でも絹に描いてるので・・・絹って後から、裏から紙を貼るんですよ。描いてる最中、半透明の絹に絵を描いて、それをベリベリベリって木枠から剥がして、後から裏から紙を貼るのね。私がやってるその絵が大きすぎて、自分じゃ裏から紙を貼る作業ができないの。だから職人さんに送るのね。職人さんに送る期日を自分で決めちゃってたから、私。送らなきゃいけなくって、だから納得いってないけど送ったの。送って、本当に清々した。だから何ていうか「もう終わりです」っていう風に決まってて、本当にほっとした(笑)




三嶋かよ:そっか(笑)雨さんにとって、期限があるっていうのはプラスに働いてるんだね。




香久山雨:プラスに働いてる。なんかね、期限があるってもっと辛いことかなと思ってたの、逆に。でも、ないと本当に辛い。




三嶋かよ:エンドレスだもんね。




香久山雨:エンドレスだし、自分がもっと描きたくなっちゃうのなんて分かってるから。好きだから、絵を描くことが。自分の作品も好きだから「もっと手を入れたい!もっと!」ってなっちゃうから、無限に終われない道を自分で開いちゃう。無限ループの道を開いちゃう。だけどそこを「期限」っていうものが閉じてくれる。その扉を閉じてくれるから、私はなんとか生きてられてますって感じ。


だから、私今まで自分が絵を仕事にするって絶対に向いてないと思ってたの。思い込んでた。こだわりが強いから、止められないんじゃないかって思ってたの。描き上げられないんじゃないかと思ってたんだけど、むしろ、期限があれば諦めがつくからいっぱい描けるかもって思ったの、最近。




三嶋かよ:確かに、エンドレスに作品に関わってると終わりがないから、点数が難しくなってくるよね。




香久山雨:難しくなるし、なんか気持ちの行き場がなくなってくるんだよね。だんだんだんだん。何かに向かっていくっていう過程がやっぱりすごく大事なのかなって思って、書きながらね。私の今の場合だと個展に向かって行ってるじゃん。それが幸せってことなのかもしれない。未来があるって事が幸せなのかも。なんかね、捉え直した自分のことを。以外と職業人としての画家もできるかもしれないって思った。チャレンジしてみて本当によかったなって思う。締め切りがあるのはありがたいと思えるようになったのは、すごい大きな変化だね。




三嶋かよ:それがプレッシャーにはならなかったっていうのは、面白い。




香久山雨:ならなかったし、夏と秋に1回ずつ「こういう企画があるから、こういう絵を描いてください」って絵の発注を受けてたの。それもね、ギリギリまで描かない。で、「締め切り当日です」みたいな日に描くのね。でも、その締め切りがあるから描けるというのがやっぱりあって、締め切りってありがたいなって思った、その時も(笑)だって動けるもん、締め切りがあれば。ここまでに出来てなきゃいけないって決まってるじゃん。だから、それまでにできればいいんでしょって話だから、それがあるって言うのは幸せなんだなって。他人が関わってくれてるって言うのは、ありがたいことなんだなって思った。絵に関しては。




三嶋かよ:「いつでもできる」とか「いつかやろう」っていう「いつか」はやってこないんだよね。




香久山雨:やらないんだよね、人って。「いつまでも描けるよ」ではやっぱりやらない。




三嶋かよ:時間があるなし関係ないもんね。そういうことって。




香久山雨:いろんな仕事をやってみたいと思った。絵を描く仕事も。




三嶋かよ:期限があるっていうのも、ポジティブに捉えられたっていうね。




香久山雨:うん、ポジティブに捉えられるようになった。




三嶋かよ:準備は着々と進んで、個展まで2ヶ月弱(収録当時)ですけれども、個展の日を迎えた、未来の雨さんの話をちょっとしたいんですが。初めての個展ということで、多分思い入れもすごく強いと思うんだけど、その個展当日、どんな気持ちの雨さんが、そこに立っているイメージですか?




香久山雨:まず絵に囲まれて、私はギャラリーの中心にいて、さーっと見渡すわけですよ。360度。その時にまず、圧倒される。自分の絵達に「すごい!」みたいな。絵のイメージが頭の中にある時って、一作品ずつしかないんだよね。ポンッポンッって出てくる。で、それを一作品ずつ描いていくんだけど、自分を囲む形でイメージが到来する事ってないんですよ。


いつだったかな、去年の年末、いろんな絵に囲まれる夢を見たの。当時、私が片思いしてた人が、その場所に連れてってくれるっていう夢だったの。「こっちに来な」って連れてってくれて。連れてってくれた場所は、絵がいっぱいある場所。そこで絵に囲まれていて・・・なんだろうな、あの感覚は言葉にするのがすごく難しいんだけど、ここが私の居場所だって思った。その夢を見たから個展をしようと思ったんだ。忘れてた(笑)絵に囲まれた時の幸せって言うのを、私はその夢で感じたんだよね。好きな人が連れてってくれた場所だから、なおのこと幸せだった。


私は、この時に見た夢を現実にしなくちゃと思う。だから「個展しよう!」みたいなのがあって。自分が個展をやることを決めたきっかけっていうのは、もう夢で見てて、その夢の中でその時の感覚を味わってるの。だから知ってるのもう。どんな気持ちになるのかは。それは圧倒的な感覚なの。これが!私の求めていた場所だ!っていう確信というのも、私は自分の個展に求めてる。




三嶋かよ:1回目でも話していた、その、夢の世界を現実とこう・・・まさにその瞬間だよね。




香久山雨:そうなの。だから夢の中で一回味わってるから再現は簡単なの。知ってる感覚だから。知らない感覚じゃないから。ただ、やっぱりそこに到達するまでに

やらなきゃいけないことがたくさんあって、それは大変だけど、でも行くべき目的地はもう私は知ってる。だから別に心配はない。




三嶋かよ:なるほど。力強いね。個展が始まってから、期間中はどんな気持ちだろう。その時の雨さんって。




香久山雨:毎日いようと思ってるんです、バックヤードに。自分の絵を度々見ることになるじゃない?少しずつ「圧倒的的な感覚」っていうよりは、親しみを込めた感覚に変わっていくっていうイメージがある。親しい存在になっていく、絵が。個展が終わる頃には、もうこういう空間があるのは、私の人生の当たり前っていう風になってるって感じ。始まる時は圧倒されるけど、終わる時には当たり前になってる。




三嶋かよ:ある意味、特別ではなくなるっていうことなのかな。




香久山雨:これが私の当たり前になる。だから、それが当たり前になったら、今度はもっと違った形の特別を必要とし始める、私は。この当たり前を土台に、もっと違う特別を手に入れるっていうことを考え始めると思う。だからまた新しい絵を描き出すと思う。




三嶋かよ:終わった瞬間に、もう次の一歩を踏み出す。その次の展開が見えてるんだよね、雨さんの中で。具体的ではないとしても。




香久山雨:感覚はある。感覚があってそれが具体的な形になるためには、現実にそれを起こしていかないといけないってだけなんだよね。夢の話もそうだよね。感覚はある、だけどそれを現実に落とし込むためには物理的な作業が必要なの。個展をするっていうのもその一環かな。




三嶋かよ:先のイメージまでもかなりクリアになってるね。感情としては。




香久山雨:感情を先に発見してるから動けるんだよね。じゃないと不安で出来ないから。




三嶋かよ:その個展が、ある意味大きな転機になる気がしていて。未来の話をしてくれたけど、個展をどんな次の展開のきっかけにしたいと思っていますか?




香久山雨:本当に人を信じるきっかけにしたい。美術業界っていうものに対して、疑心暗鬼だって話を前にしたじゃないですか。疑心暗鬼な自分がその世界に居ちゃいけないって思ってたんです。だって信じてないから。信じてないのに、なんでその場所にいなきゃいけないんだって思ってたんだけど。信じてなくっても、コミュニケーションは取れるなって最近思うようになったんだよね。


コミュニケーションの一つとして「私はあなたのこと信じてないんですけど」って言ってもいいわけじゃん。そこから生まれてくる対話って絶対あるから、そういうものも大切にしていけば、何かしら私の居場所っていうのはできていくんじゃないかなと思ったの。今まで自分に対して、ネガティブなイメージばっかりだった、美術の業界が。そういう風に見てるのは、私の視点なんだよね。私の物の見方がそうさせてて、私の物の見方が、私を美術の業界から遠ざける原因になってただけ。心は許してないけど、別に。そういう人に対しても、そういう業界に対しても、ちゃんと意見を言える自分であれれば。私にはちゃんと居場所が出来るなって、今は思ってる。今までだったら避けてた人間関係とかも受け入れて、いくつか携わっていく、そういう転換の個展にしたい。




三嶋かよ:「居場所」っていうキーワードが印象的だったんだけど。




香久山雨:居場所がないって思ってた。絵を描くのが好きだけども、私の絵を受け入れてくれる居場所はない、私の絵を受け入れてくれる人はいない、とか。私の絵を受け入れてくれる場所はないって思ってた、ずっと。それは、私の物の見方だからね。そうじゃない物の見方もできるのに、私はやっぱり嫌だったんだよね。「私には居場所なんかないです」って言う、それにある意味すがっててたから、それが原動力だったから。でも、もうそういう原動力で進むのは終わりにしてもいいなって思った。




三嶋かよ:なるほどね。それを終わらせるきっかけにもなるのかな。原動力また変わってくるよね。




香久山雨:そうそうそう。エンジンの出所を変える感じ。





三嶋かよ:個展をやるって初めて聞いた時から、たくさん雨さんと話してきて、状況の変化もそうだし、精神的な波もあったと思うし・・・いよいよ作品を実際に私が見られるっていうこともそうだし、この過程を近くで見て来られたってこともすごく幸せだなって思うし、こうやってお話ができるってこともそうだし、本当に楽しみにしています。




香久山雨:ありがとうございます。





三嶋かよ:香久山雨スペシャルインタビュー「創造の向こう側へ」7回にわたってお送りしてきました。貴重な時間を過ごせたなと思います。これがちゃんと、形として残せることがとても嬉しいです。皆さんも聞いてくださって、ありがとうございます。是非、1月の個展に足を運んで、雨さんの作品を感じに行ってください!ありがとうございました。




香久山雨:ありがとうございました。


香久山雨スペシャルインタビュー「創造の向こう側へ」ナビゲーターをつとめます、マインドフルネス・セラピストの三嶋かよです。




三嶋かよ:体調はどうですか?最近体のコンディションは。




香久山雨:ここ一週間ぐらいでやっと良くなってきた。




三嶋かよ:一時ちょっと辛かったかな?




香久山雨:そう、ちょっと辛かったんだけど、波がある。その波に、理由は特にないっていうことも分かってる。なんとなく気候とか、季節によって体調が良くなったり悪くなったりっていうのが、ある人間。そういうのは、わりと敏感な人間だっていうのは昔から知ってるから、それに争わないっていう努力はずっとしてきてる。無理しないっていうことなんだけどね。できない時はできない、調子いい時は調子いいからいっぱいやる、でよし!みたいになって、ここ一週間は調子いいから、もりもり書いてるって感じ。出来ない時はひどいよ、ずっと寝てる日もある。

起きれない日も結構ある。




三嶋かよ:そこで無理に起きて「駆り立てて描く」みたいなことはしないんだね。




香久山雨:しない。雨降ってる日とか、やっぱり起きれない私は。




三嶋かよ:そうか、影響を受けちゃう。




香久山雨:だるいもん。無理して起きられるけど、無理しなくていいもん。調子いい時に進むんだから、調子悪い時に無理することないから、そういう時は寝てます。




三嶋かよ:無理しないのは前から?




香久山雨:20代前半まではすっごい無理してた。




三嶋かよ:なんか、そんな印象がある。




香久山雨:してた。無理してたから病気になったよ。バセドウ病っていう、甲状腺の病気になって。あれ発症してる時って、ずっと脈が早いんだよね。だから何もできないんだよね、疲れちゃって。その時に、本当に病気になって何もできないっていうのはこういうことなんだって思い知って、だから天気の悪い日に何もできないことぐらい、どうってことないわって思った。


だって天気は良くなるじゃん。良くなるのを待ってれば良かったんだ私って。

良くなるのを待てずに一生懸命やりすぎて病気になるのは本末転倒。だから「調子が悪い時は待つ」っていうことを私は26歳ぐらいの時に覚えた。




三嶋かよ:そうか。そこから自分の体の声っていうのかな、ちゃんと聞いてあげてるってことだよね。結局、絵を描くにも体力を使うしね。無理して体壊したら、それこそ描けなくなっちゃうしね。




香久山雨:そう。多分ね、みんなが思っている以上に体力仕事。長距離マラソン。




三嶋かよ:長距離を走り切るためには、きちんと休むっていう選択をしてあげるって事が、何よりだよね。故障したら、とてもとても走れないからね。毎日、創作が中心とはいえ、生活はしなきゃいけないので、もちろん食べるとかもそうだし、

家の片付けをしたり、それこそ創作以外のブログに発信するとか、いろんなタスクというか、作業があると思うけど、いろんなタスクの中で、創作のために意識していること、優先順位付けみたいなものは、雨さんの中にある?




香久山雨:優先順位はないの。なくて、やんなきゃいけない事っていうのがない、私の生活には。絶対にこれをしなければいけないっていうのはなくってやりたい時に、やりたいことをやっていれば生活が成り立っているっていう環境を創ってる。


掃除もそうだね。三大欲求みたいなことは、睡眠とか食事とかっていうのは、眠かったら寝るじゃん人って、食べたかったら食べるじゃん。それと同じで、掃除したかったら掃除するしみたいな感じ。本読みたかったら本読むし、働きたかったら働くし、みたいな感じ。


まあでも、働くっていうのはあれかな、一応待ち合わせがあるから、

お客さんとの。やんなきゃいけない事って取れるかもしれないんだけど、でも私の中では製作の息抜きだから、もう。だから「ちょっと絵から開放される!わーい!」っていう感じ。




三嶋かよ:なるほどね!強制的に開放してくれるわけだからね。




香久山雨:強制的に、私を絵から開放してくれるありがたい存在が仕事なの。




三嶋かよ:面白いね、そのバランスは!




香久山雨:絵画教室とか、エステサロンの仕事は今はそういう感じ。なんでも、絵を気持ちよく続けるために全てがある。食べることも掃除することも、寝ることも仕事もって感じだね。




三嶋かよ:私から見えてる雨さんって、何でもできちゃう人なんだよね。やろうと思ったら多分、何でもできちゃう。今回のこのインタビューもそうだし、

私のセッションを受けに来てくれた初めの時も「人に頼ってみよう」って初めて思ったっていう風に言っくれてたのがすごい印象的だった。




香久山雨:覚えてないけど、言ってたんだね(笑)




三嶋かよ:今、創作期間中で、多分それ以外のことに意識を向けるっていうことをしたくないって言うか、その暇もないっていうか、気持ち的な忙しさみたいなものもあると思うんですけども、「人に頼る」っていうことを、雨さんの中で今どんな風に捉えていますか?




香久山雨:人に頼るっていうのは、これもやっぱり、何て言うのかな、自分に対して許しを与えるって言うのと同じだった。で、私、今絵を集中して描くために、国から200万円借金したんだよね。それが、金利が0.36%くらいで、めっちゃくちゃ安いのよ。で、なんでこんなに安いかっていうと、コロナだからだよね。情報を見た時に「借りないと損じゃん」みたいに思ったわけ。


なんとか今まで通り働いてれば、別に借りなくても生きることはできそうだったのよ、個展まで。「ここでちょっと奮発するか」っていうか「奮発して自分を甘やかすみ」たいなことを、やってみたくなったんだよね。私ははやっぱり、この個展に向けてる気持ちっていうのが大きくって、やっぱり絵のためにできることは、何でもやってあげたいと思ったんだよね。


まあ要するに「絵を描く自分のためにできることは何でもやってあげたい」って感じなの。という時に今借金して、個展が終われば、どうせちょっと絵を描くことから離れたくなるのは目に見えてるからその時にいっぱい働くとかね、っていう方がいいって思った。前だったら多分ね、こういう決断はできなかったと思う。ちょっと前なら。「そこまでして絵を描きたい?」って感じだった。「200万借金してまで、絵描きたい?」みたいな、そこまでじゃないかなーって感じだったんだよ。やっぱり半年ぐらい前の私だったら。半年じゃないか、一年前ぐらいだったらね。


でも、今の私は「描きたい!」みたいな感じなのよね。だから「描きたい」っていう自分がいる以上、描かせてあげたいんだよね。「じゃあ分かりました」って「国に相談しに行きます」みたいな。




三嶋かよ:二人の雨さんがいるんだよね、きっとね。「描きたい!」って言ってる雨さんと「よしよし」って「じゃあその為にはどうしたらいいか」っていうね。




香久山雨:そうそう、何かしらして「資金繰りしてくるよ」っていう自分がいて、まあ、口八丁手八じゃないけど、国の人の前で、「こういう理由でお金がいるんです」みたいな、涙ぐましい感じのことをちゃんと言って、それっぽいことっていうか、嘘は言っていないけど(笑)ちゃんと言って、「200万円貸せます」ってなったわけ。そういう風にして「やりたい!」っていう気持ちをサポートしてあげる気になったっていうのが、大きい。


かよさんの存在もそう。無理すれば、いなくても乗り切っちゃう。私は絶対。その200万円だって借りなくても乗り切っちゃう、どうにかして。でもそこで敢えて「頼ろう!」みたいな、自分に対する愛情表現の幅が広がったなって感じ。




三嶋かよ:なるほどね。自分への愛情なのね。




香久山雨:そうなの。自分への愛情表現っていう感じがする。で、やっぱりそうやって自分への愛情表現をしてみると、いいもんだなって思う。すごく。お金を貸してくれる人がいるっていう事とか、私の話をこうやって真剣に聞いて、引き出してくれる人がいるって言う事を、頼らないと確認できないわけじゃん。頼るって決めたらから、確認できたわけだから。ここで私が自分に鞭を打って一人で何でもやってしまったら、自分の周りに優しい人がいるって事に気付けないわけだよね。


だから自分に優しく振る舞うことで、自分の周りにいる人の優しさに気づけるから、すごい大事なんだなって自分を大事にするって言うのが。周りの人がどれだけ優しいかってことに気づけるもん。




三嶋かよ:自分を大事にしてない人は、それに気つけてないっていうね。ある意味ね。




香久山雨:やっぱり、人に頼るっていう経験をあまりにもしてこなかった人は、自分の周りにいる人の優しさに触れる機会が少ない、絶対。「できない」っていうのは大事だと思う。「できない」って言えばそこに活躍の場を与えられるから、人に対して。「あなたができないんだったら、私がやるよ」って、そういう声を上げるきっかけを与えられるわけだから。それはすごく社会貢献だよね。なんでも自分でやった駄目だわって思った。




三嶋かよ:「助けて」って言うのは勇気がいるけど・・・




香久山雨:勇気がいるけど、言ってしまえば良いこといっぱいって感じ。




三嶋かよ:案外みんな「いいよ!」ってなるものなんだよね。案外優しいんだよね。周りのひとは。




香久山雨:意外と優しいんだよ。




三嶋かよ:気づけてなかっただけで。




香久山雨:優しいし、気付こうとしてなかっただけなんだなって。私が周りの優しさに気付くもんか!みたいな意地があったから・・・




三嶋かよ:(笑)そうかそうか。受け取りたくないんだよね、その優しさを。




香久山雨:そうそうそう。差し出されても受け取る気がなかったと思う、ちょっと前だったら。やっと「受け取ってもいいや」って思えるようになって受け取ってみたら「ああ良いものだな」って思えるようになったから、これはすごい幸せなことだなって思う。




三嶋かよ:最後に、私から見えてる雨さんの無邪気さみたいな話をしたくて。さっき、絵を描くことはマラソンを走りきることに似てるっていう話してくれたんだけど、「体と心のバランスの取り方」っていう話をしたくて。その中で、絶対話して欲しいのが(笑)実はスケボーをすんだよね、雨さん。意外にも!




香久山雨:そう!すごい下手だよ(笑)




三嶋かよ:それでも果敢に!(笑)




香久山雨:果敢にやりすぎて指を脱臼するっていう事件があったから、夏に。




三嶋かよ:だいぶ本格的にっていうか、夢中になってたよね、当時。




香久山雨:夢中だった。特に夏は本当に楽しかったね、スケボーが。夜暗くなってちょっと涼しくなってきた時にね、スケボーでスーーーっと風を感じるわけよ。下手なりに。この快感はね、なかなか他では味わえんって思って、私がハマってるのはスケボーと海水浴なんだけどね。




三嶋かよ:おーーー!最高だね!おしゃれ!




香久山雨:で、帰ってくる最中に指を脱臼しましたから(笑)なんかね、スケボーとか、私がすごい好きなところは、「自分の体がここにある」って言うことを思い出せることにある。今、私が絵を描くスタイルっていうのは、体をあまり使わないんだよ、大きくは。絵って、指先を使う、手首を使う肘を使う、肩を使う、もしくはもっと大胆に体を使う、いろんな体の使い方がある。けど、今の私の制作スタイルは、手首から先しか使わないの。だから、肘からそれ以外が、なんか「余り物」みたいな感じで、ちょっと鈍ってるのよね。だけど本当は、体って全部使われたがってるから、手首から、体の方にくっついてるものたちを、どうにかして使ってあげないといけないんだよね。


で、スケボーがちょうどいい。「体を使ってあげます」っていう感じなの、私にとって運動って。特に、バランスを取らないといけないから、スケボーは。腰とか下半身にすごい意識が向くんだよね。そこを鍛えると、なんかね、「自分の体がここにある」って言う事を思い出す。絵を描いている、忘れるの。悪いことじゃないんだけどね、のめり込んでる時だから。でも、絵を描いてる時に感じるのめり込みと、スケボーやってる時ののめり込みっていうのは、私の中では種類が違って、その二つがあって初めて身体全体の存在感が整うっていうのかな。良いバランスで私は感じられる。




三嶋かよ:それがスケボーだっていうのがすごい面白い!




香久山雨:引っ越したからだね。湘南の街に引っ越して、一年前に。湘南の街は、やっぱりサーファーの街ですから、みんなサーフィンできない時とか、あと地上訓練の時は、スケボーをやるんだよ。




三嶋かよ:そういうことか!




香久山雨:多いの、スケボーやってる人が。スケボーやってる少年たちを見て

私はすごく羨ましくなって「私もやるよ!」みたいな「30歳のおばさん、スケボー始める」みたいな感じよ。一人で、若者に混じって(笑)




三嶋かよ:夢中になってスケボーやってる雨さん、ちょっと見てみたいな(笑)前一回、動画でチラッとみたけどね!可愛いらしかったよね。そういう、無邪気な一面もある。あまり、静止画では伝えにくい雨さんの一部な気がする。




香久山雨:そうそう、動いてないと分からないよあれは。今まで何だろうな、静止画がで伝えられる発進が多かったからね。文字を載せるとか、写真を載せるとか、そういうんじゃなくって、スケボー乗ってるのは発信したことなかったけど、みんな面白がってくれてて何よりです。




三嶋かよ:だいぶみんな、微笑ましく見ていた(笑)個展の期間中は、雨さんに会えるの?




香久山雨:基本的には、ずっといるつもりだけど予定が変わるかもしれないので、その時は何かしらの方法ブログとかでお知らせします。




三嶋かよ:はい、ありがとうございます!次回は最後の回になります。

個展に向けて、今ここにある雨さんの想いを届けていきたいなと思います。

今日もありがとうございました!


香久山雨スペシャルインタビュー「創造の向こう側へ」ナビゲーターをつとめます、マインドフルネス・セラピストの三嶋かよです。



三嶋かよ:今日は4回目ということで、雨さんの創作中のマインドについて伺っていきたいと思います。私と雨さんは心の話や精神世界の話ををすることがとっても多いんですけれども、雨さんが創作をする時、絵を描く時にどんなマインドなのかお伺いしたいんですが。絵と向き合う時の、雨さんの心の状態をお聞かせください。




香久山雨:向き合う時一番ベストな状態は、何もかも忘れるっていう事なのね。「絵を描いている自分の存在」も消えちゃうぐらい集中してるのが一番ベストで気持ち良い状態。ただそれが出来てる時は、どちらかというと特殊かな。いつもそういう状態になれてるわけではなくて、いろんな邪念とかがあるんです。間違えたとか、お腹空いたとか、色々ね。そうやって自分が経験してきた中の、ベストではない時も、これでいいやと思って描き続けるのが、私と絵の対話かな。そういう感じの時が多い。




三嶋かよ:雨さん主催のビジネスコンサルの講座を受けている時に、「許しのワーク」というのやったんですよね。自分に対する「許しの1000本ノック」っていって、自分に課している制限を、毎日みんなでシェアし合っていた。それをやりながら、いかに自分にルールを課していたかに気づけたんだよね。その自分への制限を一枚一枚剥がしいく。すごく面白い体験だったんですけども、自分への許しみたいなものが、雨さんの創作に影響する事ってありますか?




香久山雨:私がやってるビジネスコンサルの特徴は、私も一緒に参加することなんだよね。私はその時「許しの1000本ノック」をみんなと一緒にやったわけですよ。一番最初は、みんな食べ物の話題が多かった!「こんなに食べちゃいけないと思ったけど、食べるのを許しました!」みたいな、そういうのが多くて。


でも、私たちはこれくらい「別にいいじゃん」って思えることを、ものすごく我慢してるんだよね。自分にとっては、それをやってしまったら「地球が終わる!」「自分の世界が崩壊する!」というくらい、「やっちゃいけない!」って謎の制限をかけているんだよね。


私は1回、食前にクレープ食べて、食事を食べて、食後にクレープ食べたことを、くだらないけど「許しの1000本ノック」に入れたんだけど、そういうのも制限なんだよね。子供の時から「アイスは一日一個」みたいな教えがある。クレープを一日二個食べたい人がどれほどいるかは知らないけど、やっぱり、そういう子供の時から培ってきた他人の声、親の声とか、一般常識みたいなもので「デザートは一日一個でしょ。」と決めている。でも、一日二個食べたって死にはしないじゃん。そういうことが、私たちの生活には、蔓延してるんだよね。


私が絵を描く中でも、そういう意識があることに気づいた。「こうじゃなきゃダメだ!」「こういうコンディションじゃないと描いちゃダメだ!」とか、あったんだよね。それを一個一個外していった時に、やっと毎日絵に向き合えるようになった。それまでは「今日はダメ!」という、及第点を取れるコンディションじゃないから描けないって思い込んでいたこともあった。それを、自ら許していくことで「コンディション悪くてもいいや」って思うようになっていく。


「許しの1000本ノック」をやっていく中で、やっと今年の下半期ぐらいに、毎日なんとなくダラダラでも描こうって思えるようになった。それくらい、コンディションに完璧を求めてた、「自分を許す」ということに取り組む前は。




三嶋かよ:私から見てても、雨さんが絵と向き合ってる時って、とても苦しそうだったんだよね。




香久山雨:去年くらいまで、本当にしんどかった。死ぬかと思うくらいしんどかった。体も辛かったし。でも今は、体もそこまで辛くないからバランスが取れてきて、辛くなっちゃう前に、止めればいいんだっていうことに気づいた。冷静に考えれば、当たり前じゃん、こんなの。辛くなる前に止めればいいのよ。「これ以上やったら辛くなっちゃう」って分かった瞬間に止める。そして休んだりすればいいのに、私はそれが出来なかったんだよね。


自分のことを許していくという作業は、自分が何気なくやってきた行動を、一個一個、細かく見るっていうワークでもあった。だから自分自身に対する観察が細かくなったんだよね。そのおかげで、自分がこの一線を越えたら苦しんでしまうっていう境目も分かるようになったの。




三嶋かよ:今までそれも気づけてなかったんだ。




香久山雨:気づいてなかったというか、無視していたのもあるかもね。薄々、体が痛んでるのはわかってるけど、でも描かなきゃと、へんに鞭打ってた。でも、「許しの1000本ノック」を通して、辛くなる前に止める、ちょっと休んで、また辛くなくなったらやるっていう、すごく当たり前のことが

やっとできるようになってみると、なんで今までできなかったんだろう?と思う。できなかった。たったこれだけの工夫が。




三嶋かよ:ずっと制限をかけてたんだよね。




香久山雨:制限をかけてた。「これぐらい頑張らないとできない」とか「これぐらい無理をしないと私は絵が描けない」という変な思い込みもあった。けど、本当はそんなことなかったんだよね。




三嶋かよ:そこに気づけて、絵との向き合い方が変化してきたのかな?




香久山雨:そう。だから、無理しないっていうことを学んだから、絵を描くこと自体が楽しくなった。その気持ちがあるから、絵に宿ってる私の気持ちも、楽しいという要素が増えてきたなって思う。そして、こんなに楽しい気持ちで描いてるんだったら、いろんな人に見せたいっていう話につながっていく。結局、自分が適宜休むっていうことを自分に許せていなかったら、個展もできてないわけ。




三嶋かよ:なるほど、お互いが補い合ってるんだね。前は、絵を描いている時の雨さんのことを聞くのに、躊躇があったのね。あんまりそこは深く掘らない方がいいのかなって。




香久山雨:「苦しみを掘り返す」みたいな。




三嶋かよ:そうそうそう。「そってしておこう」みたいなもがあったけど、最近は聞きやすいんだよね。「最近どう?絵の方は」って気軽に聞ける、雨さんの雰囲気がだいぶ変わったよね。




香久山雨:そうだよね。私の雰囲気が軽くなったと思う。この間、インスタのストーリーズに、「この絵がやっとできた!」という報告をあげた時に、「あまりにもこの絵を描く時にストレスがたまりすぎて、最後の方は一刻も早く消えてほしいと思いながら描いた」って付け加えて投稿したのよ。ちょっと前だったらそれも書けなかったと思う。


なぜなら、自分の絵は、自分が愛してあげなきゃダメだと思ってたから。自分の絵には、必ず肯定的な気持ちを向けていないとダメだと思ってたけど、時々、マジで憎たらしい時があるんだよ。子育てみたいな感じ。




三嶋かよ:そうだよね。憎たらしく思う時もあるよね。




香久山雨:あるよ。「私をこんなに苦しめやがって!」みたいなさ。当然のようにその怒りを表に出してはいけないと思い込んでたけど、内心、辛いものは辛いんだよ。でも、その辛さと折り合いをつけながら、私はちゃんとこの絵を描きあげたって認められたから、平気で「さっさと消えればいい!」と思ったって書くこともできた。




三嶋かよ:ある意味それも、愛情表現だよね。作品に対する。




香久山雨:私は描きあげたからね。それに、どんなに憎まれ口たたいても、絵は実際に消えたりしない。だから消えてほしいと思っても大丈夫だって知ってるの。どうせ、元気になったらまた大好きになるから。




三嶋かよ:その瞬間は「もう見たくもない!」って思うかもしれないけど。




香久山雨:そういう一瞬一瞬の気持ちを表現することに躊躇がなくなったのは、やっぱり「許しの1000本ノック」をやったから。



三嶋かよ:本当にストイックなところがあるから、見てて心配になることがあるんだけど、最近は、安心して見守れるところはあるかもね。


香久山雨:「今の雨さんなら無理はしないだろう」みたいな、そういう風に思ってもらえるようにはなってきたのかもね。




三嶋かよ:オンラインで絵画教室もしてるんだよね?どんな人が参加して、どういうことやってるのか教えてください。




香久山雨:絵を専門にやっていきたいという人は、今のところいないです。サラリーマンとか起業家とか、色々な仕事をやってる人が、絵も好きで、でもあまり描く機会がなかったから、今やってみたいと思いました。っていう人が多い。絵を描く経験が少ない人の方が多いんだよね。「ずっと描いてきて超上手いです」みたいな人は全然いなくて、道具の使い方もよく分からないところからスタートしてる人がとっても多い。


そんな人たちに私が伝えたいなって思ってるのは、「上手くなれるから幸せ、というわけじゃない」ということ。


ついつい、絵って「技術が上がれば色んなものが描けて、すごく面白いんじゃないか」と思うんだけど、意外とそういうわけでもない。もちろん表現の幅が広がって、色々なものが描けるようになる喜びはあるんだけど、その前に、自分の中にあるものを外に出した時の喜びをちゃんと感じて欲しくて。それは出来上がったものが技術的に素晴らしかろうが、全然素晴らしくなかろうが、変わらない。人間には、出せた喜びがまずあります。


普通に生活してると、自分の感情をむき出しにして表現することないじゃん、大人は特にそう。子供の時みたいに感情的に大泣きするとかも普通はない。自分の感情を元に何かを作って、それが仕事になってる人も多くはない。生活してて、自分の感情の生かし所があんまりないんだよね。だからストレスが溜まるんだよ、表に出してないから。本当は出したい、でも出せない。そして自分の中で感情が腐って重くなってく。だからそれを出すっていうだけでも、体は嬉しがるよ。


絵を描くっていうのは、出す表現の一つ。それは「自己表現」って言い方をすれば聞こえがいいけど、ただの排泄でもあるよね。出来上がったものがどうであれ、出たら嬉しいら気持ちいい。まずその感覚を知ってほしい。私がそれを伝えられているかどうかはまだ全然分からないけど。その快感がベースにあれば、やめないで済むんだよ。だって気持ちいいから。逆に、上手くならなきゃとか、先生に褒められるようにしなきゃってなっちゃうと、辛くなる。




三嶋かよ:思いがちだよね。




香久山雨:

私は長く続けることにすごく意味があると思う。それは、私が15年間絵を続けてきて気づいた大切なことが沢山あるから。あと、15年くらいピアノを習って分かることがあるとしたら、趣味であっても、なんやかんや続けると必ず気づくことがあるってこと。そして、何やかんや続けるためには、他人と比べる事や褒めてもらうことをモチベーションにしないのが大事。

三嶋かよ:そうだね。なかなか難しいよね。




香久山雨:難しい。だから「究極の自己満足」に挑戦して欲しい。この世に自分しかいなかったら、それでもあなたは絵を描くか?極端な話だけど、私は絶対描くね。見せる人がいなくても描く。なぜなら描くことそれ自体が気持ちいいから。前の回でも言ったけど、芸術家の仕事っていうのは、作品を作ることプラス、その作品を世に出して、文化にしていくことがあります。


まず、なにより描くことそのものの気持ちよさを知らないと、後半の部分の仕事、それを人に見せて文化にしていくのは続かない。どっちも必要なんだけど、でも、後半の仕事をずっと続けていくためには、前半のの快感が不可欠なの。




三嶋かよ:その快感があれば次にいけるもんね。




香久山雨:そう。それがないと、どこかで折れますから。私が生徒さんに伝えたいのは、その前半の部分の快感に気づいて欲しいということなんだよね。


なおのこと、プロじゃないんだったら前半の快感だけでいいのよ。それだけでやっていったほうが楽しいから。だけど、ついつい人は癖で「人よりも良い点をとる」とか「人よりも速く走る」とか、そういうことをする。ご褒美が貰えるってしつけられてきちゃってるから。




三嶋かよ:人より優れてると褒められちゃうからね。




香久山雨:人より優れてると、良いことがあるっていう刷り込みがある。だけどそれは趣味の世界に持ち込まなくていいと思う。もっと言えば、それでお金を稼ぐとしても持ち込まなくていい。「自分が何かを表現するのは気持ちがいいからだ」っていうのを、一番大事にしてと伝えたいと思ってます。




三嶋かよ:質問なんだけど、私はずっと会社員をしていて、アーティストとか表現者への憧れがずっとあったんだよね。だから劣等感も感じる。私には何も表現できないとか、その他大勢の枠内にいるっていうのかな。表現している人達への憧れがあったんだよね。それをちょっと視点を変えると、憧れでもあるけれど、表現者と表現しない人を区別していることでもある。「特別な才能を持ってる人じゃないと表現しちゃいけない!」みたいな思い込みもあったんです。そういう私の中の劣等感について、アドバイスするとしたら何かあるかな。




香久山雨:結局、表現をするのをやめたのは、あなたなんですよ、ということかな。




三嶋かよ:あーーーーなるほど。




香久山雨:子供は、「表現する人種」と「表現しない人種」に分かれ生まれてくるわけじゃない。みんな何かしら絵を描いたり、歌を歌ったり、子供の頃はするけど、大きくなるにつれてやらなくなる人の方が多いんだよね。外的要因はある、親の教育方針とか、お金の問題とか。色々あるけど、やめることを受け入れたのは本人なんだよね。表現することを諦めると決めたのは本人なんだよ。そのことを思い出してほしい。




三嶋かよ:なるほど。表現しないことを選んでいるのは私。




香久山雨:そうなの。だから「自分に才能がない」っていう見方をまずやめるべき。才能がないのではなく、表現しないことを選んで生きてきただけなんだと、自分自身を捉え直せばいいんだよ。そうすれば、今から表現する自分になろう!と決めることもできる。でも、才能のあるなしっていう話にしちゃうと、どうあがいたって自分にはなす術がないと思い込んでしまう。




三嶋かよ:思いがち。




香久山雨:だけどそれは、それこそ比較だよね。「社会の中で食っていくためには、これだけの才能が必要だ」という比較競争の視点。「才能がある、ない」って言う言葉使いに染まってしまいがちだけど、本当は、「表現をするか、しないか」っていうシンプルな話。


さっきも絵画教室の時に言ったけど、「表現をすれば無条件に気持ちいい」という感覚にコミットすることは、誰でもいつでもできる。それを、「できないこと」にしてるのは、あなたの視点。あなたの物の見方のせいですっていう話だから。




三嶋かよ:すごいストレートで気持ちいい!それを選択しているのは私なんだよね。




香久山雨:そうそうそう。物の見方を変えて、自分自身がどういう人間であるか、そこの見方を変えれば、表現は必ずできるよ。そこからだよねって思う。




三嶋かよ:ありがとうございます。どんどん表現していきたいなと思います!

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