香久山雨スペシャルインタビュー「創造の向こう側へ」ナビゲーターをつとめます、マインドフルネス・セラピストの三嶋かよです。第3回目ということで、今日は作品創りのプロセスについてお話を伺っていきたいと思います。



三嶋かよ:私は雨さんのブログの読者でもありますが、インスタとかSNSはいつも拝見してるんですけども、今日のこういうインタビューも含めて創作の過程をSNSで公開しようと思ったきっかけを教えてください。



香久山雨:そうですね、色々あるんだけど。一番は、絵の良いところでも悪いところでもあるけど、見た人がどうとでも捉えられるものじゃないですか。感じたままに捉えることができるものである。絵っていうのは。自由で、ある意味良さでもあるんだけど、こういう風に捉えられて本当にいいのかなみたいなこともあるんだよね。私が自分の作品を創る中で思ったことというよりは、私が一鑑賞者として、例えば美術館に飾ってある作品とかを見るときに感じてきたこと。


例えば、パッと何の前知識もなく見た作品、初めて見た時の印象と、その作品が持ってる歴史的背景とかコンセプトを知った後に見る絵っていうのは、どうしても違うんだよ、感じるものが。感じる内容がもう違うってことは、機能がまるで違うっていうこと。別物で捉えていいと思う。私は。だからその絵に紐づいてる情報っていうのはめちゃめちゃ大事ってことだよね。


私がいつも、美術史とかを学んで、うーんって悩むのは、歴史って、本当に本当に、事実かなんて分からないじゃん。後になってから、都合のいいように改ざんされてることとかも、すごくたくさんあると思う。本当にどうかはよく分からないんだけど。私は歴史の専門家じゃないから。でも、美術史にもそういうの絶対あるなって思う。


そもそも美術っていうのは主観的なも。この絵を見てあなたはどう感じますか?っていうのは、完全に主観的な世界じゃん。だけど、それに、さも客観的な物語っていうのをくっつけてる。くっつけてるから、価値がある作品とない作品ってのが決まるわけ。逆に言えば、客観的な指標というものがなければ、価値のあるなしも決められないのよ。なぜなら、美術品というのは元々は主観的なものだから。


そういう複雑な側面がある中で、例えば時の権力者がこの美術品をこういう風に紹介したけど、その作品を作った本人、作者っていうのはそういう風に紹介されたくなかったということも往々にしてある。それで、どんな仕事しててもそうじゃん。

例えば、お金を出資する側の魂胆と、そのお金を受け取って何か創った人の表現したい事っていうのは、完璧に合致してるなんてないじゃん、基本。だからその折り合いがつくところで創ってきたのが、美術の歴史だと思うんだよね。


というのを考えた時に、あまりにも作者が思っていたことと違う風に作品が世に出てしまった時というのは非常に怖い。それで、歴史上そういう心の葛藤みたいなものを抱えた作家が自殺しちゃうとかあるわけだよね。これって、大なり小なり、色々なところで起きてる問題だと思う。自分が伝えたかったメッセージとは違う形で自分の作品が一人歩きしてしまう。で、私は自分が全然有名じゃないんで、そういう目にあったこともないですよ、全然。


自分の作品の意図を自分が思った通りに捉えてもらえないで苦しんだ事とかも、ほとんどないんだけど、でも、そういう経験をしてない今だからこそ予防しておいた方がいいと思ったの。私はこの作品をこういう風にして創ってきた、とか、こういう気持ちがある、こういうきっかけがあってこの作品を作ることにしました、とかっていうのは自分の言葉でちゃんと説明しておかないと、いくらでも後で脚色されちゃう危険性があるんだよね。


いろんな批評家が、作品についてわんさか言うわけですよ。歴史に残ってる作品なら尚更ね。でも、そういうもの以上にその作家の年表、どんなふうに生まれて、どんな風に生きてきたか、ということと、作家が残した言葉を研究しなさいって、尊敬してた美術史の先生は、私に言ってくれたの。私はその教えを胸に、色々勉強しているんですけど。そういう考え方を基盤として、私も作家として活動していきたいなって思ってるんだよね。だから、作家の言葉を大事にする文化っていうのを

もっとに広めたいって思う。



三嶋かよ:なるほどね。確かに勝手な解釈でストーリーをくっつけられたりすると、伝わり方が全然変わってくるもんね。それを前提にして見ちゃうから。



香久山雨:そうなの。だから絵そのものは、物質的には変わらないけど、伝わってるメッセージが違ってことは、違う機能のものになってしまってるから、違うものになっちゃってるんだよね。作家の目が黒いうちはっていうか、作家が生きている間ぐらいは、戦っていいことだと思うのよ。死んじゃったもうどうしようもないから、生きてる人に任せるしかないから、せめて生きてる間は頑張ろうかなって思う。



三嶋かよ:更に今は、発信するツールがたくさんあるからね。



香久山雨:いくらでも発信できるわけだから、いくらでも作家の生の言葉を聞いて

鑑賞することができるわけですよ。私たちは。こういう時代って今までなかったと思うから、良い時代だと思う。だから、作家と鑑賞者っていうのがやっぱり密に繋がって、間にある作品っていうものを、一緒に解釈して、育てていけたらいいんじゃないかなって思う。



三嶋かよ:育てていく・・・なるほど。



香久山雨:結局、作品っていうのは世の中に出してから育ってくんだよ。何も見せてなかったら、ないのと同じじゃん。世の中に出して、それを見てもらって、見てもらった人が何か感じて、感じたことから文化ってものが生まれるじゃん。だから鑑賞者と作家と作品の三者っていうのかな、三者が一体となって文化を創っていく、作品が育っていくっていう風に私は捉えていて。これがねめちゃめちゃ大事だからね、結局。作品を完成させることと同じくらい大事なこと。ここも頑張りたい、私は。なので今回個展で、作品を出してからその後の方がめっちゃ大事って思ってる。



三嶋かよ:なるほど。そこがゴールじゃないんだね。



香久山雨:ゴールじゃない。作品を出して、一応値段はつけるけど、売れようが売れまいが、とりあえずどうでもよくて、私がこの絵を、どういう風にこれから育てていきたいか。この絵を社会の中でどういう役割を担わせていきたいかっていうのを、見て下さった人と共有したいんですよ。未来のことを一緒に考えたい。



三嶋かよ:未来のことなんだ!



香久山雨:未来を考えたいの。絵を通して。私たちの未来ってどうしたらいいかなみたいなことを、絵をきっかけにして一緒に考えたいって感じなのよ。


だから、やっぱりプロセスを見せるとか

自分の言葉で発信するっていのうのが、

すごく大事っていう話になる。ここで終わりじゃないから。続いていくので。



三嶋かよ:大切なのは材料だもんね。



香久山雨:そうなの。見てもらう人にとって大切な判断材料の一つになる。



三嶋かよ:本人の口からきちんと表現できるのもある意味すごく恵まれた環境にあるかもしれないね。



香久山雨:そういう時代に生まれたからには、挑戦したいなって思う。



三嶋かよ:なるほど。ありがとうございます。次は、この個展のフライヤーにもなっている代表作、



香久山雨:「black-eyed angel」黒い目をした天使っていう作品ですね。



三嶋かよ:この作品の初めの構想から、今回の個展で展示される作品の完成に向けて、その流れをちょっと教えて頂きたいんですけれども。



香久山雨:この絵は、ものすごく思い入れがある絵です。私は大学の3年生ぐらいの時に鉛筆ですごく細かい植物のデッサンをやってたんですけど。その後、4年生以降かな、全然描けなくなっちゃったんだよね。鉛筆で絵を描くって言うのが、どうも肌に合わなくなっちゃって、できない期間が6年ぐらい続いた。


2018年に知り合いに、あるピアニストを紹介してもらったんですよ。「雨さんの作品をそのピアニストは絶対好きだと思うから」って、その人のコンサートに連れてってくれたんだよね。その時に、その人の音を聞いて私は自分が昔描いた、植物のデッサンをスーッと思い出したの。人の演奏を聞いて、自分の絵を思い出すって不思議な感じ。記憶が蘇ったの。自分がこういう作品を創っていた。その時にどんな感覚で描いてたか、みたいな記憶も一緒に蘇ってきたんだよね。


自分ではよく分からないけれども、紹介してくれた人が、雨さんの作品きっと好きだと思うよ、このピアニストは。っていうんで紹介してくれただけあって、何か関連性があるんだろうなって思ってたんだよね。


それからちょっと時間が経って、一年くらいかな、そのピアニストが日本に来るって言うんでどうしても、絵をあげたくなっちゃった。私にとっては昔の自分を思い出させてくれた重要な人なのよ。私にとってあなたがどれだけ重要かみたいなことを言葉で言ったとも、意味ないじゃん。口では何とでも言えるから。だからこの気持ちが真実であることを証明するには、絵を描くしかないと思ったの。


そのピアニストの曲を聴きながらイメージして書いたのがこの「black eyed angel」です。



三嶋かよ:雨さん自身もピアノを弾いたりとか、音楽との関係性もすごく深いもんね。私、この雨さんの作風っていうのかな、この白と黒の陰影の世界雨さんならではだなって、初めて見た時から感じていて。どこか雨さんの憂いとか孤独、なんか悲しみみたいなものも感じていたんだよね。儚さっていうのかな。儚さが大好きだったし、私も雨さんの作品のポストカードを自分のサロンに飾っているんですけれど。この雨さんならではの世界観。この白と黒の世界について少しお話伺いたいんですけど。



香久山雨:白と黒の世界ね・・・意図的にこういう作風になったってわけではないです。「白と黒を使ってやってくぜ!」みたいな意気込みがあったわけでは全然なくって、どちらかというと、色を使うことに、ものすごい抵抗があるから白と黒になっているっていう感じなんだよね。白黒ってのも立派な色じゃん。色の起源でもある。


私は、色っていうものに対するこだわりがある人なんだと思う。「この色を使う自分自身って何?」みたいなことも、すごい考えちゃう。で、そこに納得度がないとやっぱり手が止まるの。色のある絵っていうのをすごい長いこと描いてなかった。その白と黒の中にある無限の色彩っていうか。豊かなんだよね白と黒って。結局、どんな光の下でも白と黒は白と黒だから、どんな目の人が見てもこの作品はこの作品なのよ。色盲の人は、赤が見えないじゃん。光が変わっちゃうと色って変わるんだけど、白と黒だけは変わらない。そういう普遍性に私は惹かれてると思う。白と黒であればそこにどんな色彩を見出すことも可能だと思う。見た人が何色を投影してもいいの。



三嶋かよ:そうなんだ。白と黒だけど・・・



香久山雨:何色だと思ってもいいって私は思っていて。例えば、この「black-eyed angel」は青っぽいイメージがある。だけど、この後に描いた「blessed」っていう骸骨が二つ向かい合っているやつは、ちょっとパッションピンクみたいなイメージがあるの。白と黒なんだけどそこに込められてるカラーっていうのが私の中にはあるんだよね。見てる人の中にもそれぞれあるんじゃないかなーって勝手に思っている。そういう懐が深い色でもあると思う。白と黒って。



三嶋かよ:確かに、見る人によって違う色のイメージを持つっていうのはあるかもね。どういう光であっても、白と黒っていうのは変わらないもんね。今回はこの作品が掛け軸に表装されるんだよね?まだ雨さんが迷ってた時期に私雨さんと話をしていてて、掛け軸にしようかどうか。掛け軸にしようと思ったのは何故ですか?



香久山雨:日本画は、掛け軸にするのがフォーマルな落とし所の一つなんですよ。私は、素材は「墨」とか「和紙」とか「絹」とか、所謂、日本画の枠の中の画材を使ってるんだけど、自分の絵が日本画かっていうと、よく分からない。骸骨というモチーフであるとか、結構、立体的に描くやり方とか。あまり平面的じゃないから、日本の伝統的な浮世絵みたいなものとも違うし。描いてある物自体はヨーロッパ的でもあるんだよね、とか思いながらも、材料は、日本画材なわけですよ。


ここに自分らしさがあるって思ってもいるんだけど中途半端でもあると思ってる。私は何なの?って。結局これね、自分のアイデンティティをすごく表してるなと思っていて。私は日本人で、一回も海外に行ったことがないぐらい日本という土地に土着して生きてんだけど、3歳から18歳までカトリックの教育受けてるんですね。だから概念的な部分はキリスト教が入ってる。学校はキリスト教だから、マリア様の像とか聖書の一場面を書いた絵とかが飾ってある。私にとって美術の源流っていうのはそういうヨーロッパ的な宗教画だったりするし、音楽も、ミサがあるから、ミサの音楽だったりするわけですよ。

でも、私が生きてる土地はあくまでも日本じゃん。だから、自分が何者なのかって言われると結構難しいなって今でも思ってるんだよね。日本人だけど、日本の宗教、神道とか仏教とかよりも、キリスト教の方が分かるし。でも、ヨーロッパでキリスト教徒をやってる人たちと自分が同じかっていったら、絶対に違うじゃん。だから、自分が何なんだろうか、みたいなモヤモヤがそのまま絵になってる。モチーフは骸骨とか花とか、ものすごい典型的ヨーロッパ的な画題だと思う。描き方もペタっとしてないで

立体的に描いてるから、これもちょっとヨーロッパ的なものの見方。


だけど、私はここで油絵でそれをやろうとは思わないわけ。なんでかって言うと、単に体に合わなかったの。油絵科で大学に入ったんだけど、あの油の匂いと、絵の具の重ったるさっていうのかな、ネトネトしてるじゃん、油だから。あれを扱う体力が私にはなかった。結構力がいるのよ、絵具をただ練るとかってだけでも。私はそれが本当に合わなくって。あと、一番は、匂いかな。耐えられなくて。で、断念。身体的に無理。そこで、墨とか和紙とか絹に近付いていく。墨は香りもいいしネトネトもしてない、さらっさらじゃん。和紙は薄くて繊細で、絹も透けちゃうくらい薄い物で、この繊細さが、私の肌にものすごい合ってるんですよ。心地がいいんです、扱っていて。だから、やっぱり体が日本人ってのはこういうことなのかなって思うんだよね。


あとは、もしもヨーロッパに行って、違う光の下で絵を描いたら油絵がやりたくなるかもしれないよね。スペインとか、イタリアの南のほうとか、光がきれいな所に行って、油絵が日本で見るときと全く違う輝きをすると思う。そういう条件の中なら油絵をやりたくなるかもしれないけど、少なくともこの湿気の多い日本で、私が絵を描くんだったら油絵よりは墨とかの方が良いということで、このような絵ができてます。



三嶋かよ:なるほど、で、掛け軸っていうところに行き着くのか。



香久山雨:こういう素材を使ってやったからには、掛け軸になった姿も1回ぐらいは見てみたいと思った。



三嶋かよ:雨さん自身がね。



香久山雨:そうそう。やっぱり日本画としての私の作品っていうのを一回見てみたいなって思った。それが良いか悪いかは、出来てからじゃないと判断できないから、とりあえず一回やってみようと。いざ、ツテを頼って作ってもらったら、何のことはない。私は指示を出すだけなので作ること自体は、全然難しくなかった。職人さんがやってくれるので、私は何もしないからね。やってみてもらって、まだ実物は見てないんですけど、すごい満足感はあった。



三嶋かよ:掛け軸になった作品を見るのも楽しみ。雨さん自身も楽しみだね。



香久山雨:ギャラリーに飾ったらどんな感じになるんだろうかっていうは、本当に楽しみだね。



三嶋かよ:落款印?作品に押す判子っていうのかな?印鑑も、手作りなんですよね?



香久山雨:手作りです。自分で彫った。



三嶋かよ:これはどういうものなんですか?私、落款印自体もそんなによく分かってないんだけど。



香久山雨:日本って言うか、アジアっていうは印鑑文化なんだよね。ヨーロッパとかはサインの文化なんだけど、なぜかアジアは印鑑の文化で、この人が書きました、みたいな証明が、サインではなく印鑑。日本画とかも全部印鑑が押してある、必ず。今の時代、印鑑なんか押さなくても別にいいんだけど、ゴッコ遊びの一つとしてやりたかった。「日本画ってこういうもんだよね」みたいなのをやりたかった。人に頼んで彫ってもらうこともできるんだけど、やっぱり自分で作って、自分で押すっていうことをやってみたくて、私の母が書道家で、彼女は印鑑を作ったこともあって、なので彼女に手伝ってもらって自分で彫りました。で、不思議な事に、本当に印鑑を押すだけで、すごく日本画に見えてくる。



三嶋かよ:そうか、朱の色が入るからね。



香久山雨:墨で描いて、そこに朱印が入るだけで一気に日本っぽくなっちゃうの。西洋的なものに見える私の絵でも。朱色ってものすごくアジアンというか、威力を感じる。



三嶋かよ:東洋の風情がね。



香久山雨:そう、東洋の風情が一気に漂うのよ。ちょっとしたこの風情を入れることで、私は日本人としての満足感は得ていると思う。そういう自分のアイデンティティっていうのを、この、たかが印鑑なんだけど、されど印鑑みたいな感じで、込められるものなんだなと今回押してみて感じた。サインとはやっぱり違うの。



三嶋かよ:魂が込められてるっていうか、そのひと突きがね。



香久山雨:印鑑押すのに、めちゃ緊張するし、赤だから目立つし、失敗したら直せないし、本当に緊張感があって、よくも昔の人は、こんなものバンバン押してたなって思うわけ。独特な行動だよね、印鑑を押すっていう行為は。



三嶋かよ:なんか儀式っぽいよね。



香久山雨:すっごく儀式感がある。この儀式に込めてた何かがあるんだろうなってすごく感じた。だからゴッコでも、こういうのをやってみるのは大事だなって。「こんな風にやってたんだ、昔の人は。」みたいなね。このゴッコ遊びが楽しいうちは続ける。作風によっては押さない方がいいものもあるから、相性が良さそうな絵に押して、楽しんで使ってみたいって思う。



三嶋かよ:その落款印を見るのも楽しみですね!

ありがとうございました。




香久山雨スペシャルインタビュー「創造の向こう側へ」ナビゲーターをつとめます、マインドフルネス・セラピストの三嶋かよです。今日は2回目ということで、1月に開催する雨さんの個展について、お話を伺っていきたいと思います。



三嶋かよ:まずはそもそも個展を開こうと思われたきっかけを、教えてください。



香久山雨:1月に開催する個展というのが、私にとって初めての個展なんですね。31歳で個展をやるっていうのは早くはない。すごい遅いってわけでもないけど。でも、美大を出て7年、8年経ってやっと個展をするっていうのは、私の中ではかなり満を持して、一大決心、みたいなところがあります。


なんでこんなに長いこと自分の責任で、自分だけの作品を展示する機会っていうのを持たないできたかっていうと、絵を見てもらって、何を感じてもらったらいいのか?っていうのが、分かんなかったんですよ。ずっと。


私けっこう堅物な、頭固いところがあって、自分が分からない状態で人に絵を見せるのができなかったんだよね。今まで個展ができなかったのはそういう理由。


今回やっと、自分の中から人に伝えたいメッセージが出てきたのかというと、実はそういうわけでもない。諦めがやっとついた感じなんです。この先もずーっと分かんないんだ、答えなんて出ないんだってことにやっと気づいた31歳!みたいな。マヌケな話なんだけどね。


だけど、伝えたいことが何なのかは分からないんだけども、直感的にすごく見せたいと思った。私が今まで頭の中で大事に温めてきて、一生懸命に自分の体を通して描いてきた絵は、まだちょっと、何なのか分からない部分もあるんだけど、すごく見て欲しいと思ったんだよね。こういう気持ちになれたことが、生まれて初めてだった。すごい進歩があったんだと思う、私の心の中に。


なんでそういう風に変化したのかっていうのは、やっぱりコロナが流行して、引きこもえざるを得なかったから。


引きこもっていることが、すごい幸せだったんだよね。今まで外に出て、っていってもどちらかって言うとインドアだから、あまり出てなかったんだけど、外に出るっていうことが、自分のためになっていなかった、ということがすごくよくわかった。今回。


もっと自分の世界に引きこもって、自分の好きなことだけ黙々とやるっていうのが、こんなに幸せなんだっていうのが分かって。こんな幸せな気持ちで創ったものだったら見せた方がいいじゃん!みたいな。すごいそういう短絡的な発想で、今回個展を決めました。



三嶋かよ:家にいて、ある意味、絵だけ描いていていいよって言う許可が出たというか。



香久山雨:許可が強制的に出たって感じ。外で働くより、家で、お金にならないけど絵描いてていいよという許可が。世界的にそういう流れが来て、そういうふうにいざやってみたら、楽しい。今まで、ひとりぼっちで絵を描き続けるのは辛いと思ってた。



三嶋かよ:それは自覚あり?



香久山雨:自覚があって、世の中に取り残されているような気持ちに、月並みになっていた。すぐにお金になることの方が魅力的だったりするじゃん。だけど、そういうのを取っ払って、いざ、引きこもって描いてみたらすっごい楽しいじゃんっ!ていうことにやっと気づいたんだよね。


世界的にはすごく大変な一年だったけど、私にとっては自分に向き合って、自分の好きなことを、本当に毎日毎日、チクチクするっていう機会を与えてくれた素晴らしい一年だった。



三嶋かよ:絵を描く喜びを改めて感じて、確認して、これなら見て欲しいって?



香久山雨:そう。だから子供の時の感覚に戻ったって感じかもしれない。自分がとにかく描いて楽しい。で、できた物をすごく見て欲しいって。子供の時って、みんなすごく、肯定的に見てくれるじゃん。けなしてくる人とかいないじゃん。「偉いね」「すごいね」としか言われないのよ。可愛いから、子供ってだけで。


だけど、大人になって、しかも芸大に行っちゃって、厳しい批判みたいなもの、評価、社会の目とか、売れる売れないとか。そういう目があるってことも、散々学んできちゃったわけじゃないですか。だから、そういうのが月並みに辛かったよね。すごく普通に、つまずいてた、私は。そういうところで。人に評価される苦しみに、普通につまずいてた。それで普通に嫌になっちゃって、普通に傷ついて、普通に嫌になったわけ。で、普通にちょっと描かない時とかもあった。



三嶋かよ:離れてた時もあったんだ。



香久山雨:あった。卒業して3年間くらい描いてなかった。描いてないで何してたかっていうと、エステサロンを自分でやって、独立するために猛烈に頑張ってた。



三嶋かよ:その3年間は、そっちにコミットしてたんだね。



香久山雨:コミットしてたし、しかも同時期に子供を産んで育ててた。0歳児を抱えながら、私は起業準備をしてたから、物理的に、絵を描く余裕がなく、やらなかった。脇目も振らずに他のことをやりまくって3年経って、ふとしたら、やっぱり描きたくなった。


私は、人に評価されたいから描くわけじゃないんだな、ということに、その時気づいたと思う。自分にとって必要だから、描けばいいんだという許しが出た。


でも、そこで結局、自分のために描くだけだったら、人に見せなくてもいいのよ。だって描いて満足なんでしょ?って話だから。2016年ぐらいから絵は描き始めたけど、改まって人に見せることに積極的になれなかったのは、そういうツッコミを自分にしてたからだよね。


自分にとって描くことは必要でも、「この絵を人に見せる必要性があるのかどうか分からない」みたいな時期が長らくあったけど、なんかもう、理由なくてもいいから見せたいって気持ちになっちゃった。


ある意味、トラウマがちょっと癒えてきたのかもね。批判されたりとか、嫌なこと言われたりとか、そういう思い出を引きずってたけど、最近思い出さなくなってきた。思い出してもどうってことないと思えるようにもなってきて、そしたらやっぱり、私は絵を見せたかったんだなっていうことに気づいた。



三嶋かよ:まさに素直に絵を描いて、見て見て!って言っていた感覚に戻ってるってことだよね。



香久山雨:そう。戻ったけど、でも絵自体はずっとチクチク描いてきて、レベルアップしてるから、そんな無邪気なものには見えないと思う。もっと意味深なものに見えると思うけど、実際は、別にそこまで意味はないです。



三嶋かよ:純粋に描いたものを見せたい。見てほしい。



香久山雨:どう思ってもらってもいい。まあ、でもなんだろうな、私が自分の絵をいざ、言葉にして紹介しますっていった時には、私なりの見方があるけどね。それはそれで、聞いて欲しいって思う。



三嶋かよ:楽しみですね。ほんとに。場所もすごく思い入れがある、銀座の奥野ビルを選ばれたってことだったんだけど、その場所についての話も教えてもらってもいいですか?



香久山雨:個展をやるって決めた時に、場所は銀座がいいって思った。銀座が一番画廊の数が多いし、アートが好きでふらふら色々見て回ってる人が多いんですよ。多くの人に見てもらいたいっていう欲望もあったんだよね。だから銀座にした。


じゃあ銀座の中で、どこにしようかなと思った時に、いろいろ見た。その中で惹かれた奥野ビルはめっちゃ古いビルです。古くて、エレベーターに蛇腹の手動のドアが付いてるんですよ。挟まるかもしれないから、みんな気をつけてねって感じなんだけど。もともと集合住宅なんだよね。高級アパートだったから、人が住んでた場所。そこを改装して、今はギャラリーがいっぱい入ってる。私が展示するところは巷房2というギャラリーで、地下なんですよ。


その地下って、昔は共同浴場だったんだって。お風呂場だったの。そのお風呂場をぶち抜いてギャラリーにしたみたい。だから、そこはかとなく、その怪しさが残ってるの。



三嶋かよ:その空間の雰囲気として?



香久山雨:そう。雰囲気がやっぱり上とは違うなと思った。上のギャラリーが入ってる所って住宅だったわけじゃん。でも私がやるギャラリーだけは、お風呂なのよ。窓とかもないし。もちろん地下だから、自然光は入らない。謎の暗い感じっていうか、謎の湿気を感じるっていうか、水の気配っていうか。今は水気なんてないんだけど、何となく水の気配がするような、独特の感じっていうのが、他のギャラリーにはない不思議な魅力を感じた。


結局、現代のギャラリーって、真っ白い部屋があって、その中に絵を飾って、ある意味、不自然な空間じゃん。絵を買って飾る人っていうのは、基本的には自分の住宅に飾るわけだから、真っ白な部屋になんて持ってない。だけど、そうやって架空の空間、真っ白い変な部屋を作って、そこで作品だけを見てもらうっていう、そういう文化なんだよね、ギャラリーで展示するって。だけど、ぶっちゃけこれって日本でやんなくてもいいような気がしてる。


日本って元々は、例えば縁側があって庭が見えて、その庭を見ながらぼけーっとして、客間には床の間があって、掛け軸があって、花が生けてあって。自然から何から全て、一体化して、その中に芸術もあるっていう文化なんだよね。全部が繋がっている。この場所だから、この絵じゃないといけないとか、この場所だからこの花じゃないといけないとか、そういうのがあるわけじゃん。そうやって自然と人が創ったもの全部を調和させて人をもてなすっていうのが、日本の文化だったはずなんだけど、今、私たちが、銀座とかでいっぱい見るギャラリーっていうのは、そういう文化の上にはもう成り立ってないわけ。


結局、欧米の現代アートの文化っていうのは、自然とか建物とか、そういうものからは切り離された真っ白い空間で、絵だけ見てくださいと。でも、これは日本の文化ではないよ。そんなこと日本人は考えないと思う、調和を大切にする民族だから。


私は日本人がわざわざ、欧米のギャラリーみたいな真っ白い壁で、外の世界とは関係のない空間を作って、そこに絵をかけて、絵だけをみてくださいっていう風にプレゼンする理由は特に持っていないと思う。でも、それを良いものとして取り入れてきたわけだよね、日本は。だけど、やっぱり元々日本にあった文化じゃないから、そこまでうまく広がってるかっていうと、そうではないと思うんだ。


だから、もっと欲を言えば、私はこの場所じゃないと成立しない作品を創りたい。でも、今のところそれができる環境に自分はいないので、とりあえず自分が創った作品をギャラリーに展示しますっていう形で落とし所とした。


この奥野ビルの地下っていうのは、「お風呂でした」というバックグラウンドがあるじゃん。だからそのバックグラウンドが、なんかちょっとエロいっていうか、何て言うの?お風呂って人間が裸になって身体を清めるところじゃない?共同浴場だしね。雑多な感じがいい。私も骸骨の絵を描いて、骸骨と骸骨が絡んでる絵とか描いてるじゃん。だから、イメージが合うなって思ったんだよね。でも、何の予備知識もない人が巷房2に行っても、ここはお風呂だったってことは分からない。けど、感じるものはあるんだよ、絶対。場所って記憶があるから。そういう、ほんのちょっとした記憶を感じてもらうっていうのが大事かな。



三嶋かよ:楽しみだね。



香久山雨:ちょっと怪しい空間にしたいなと思ってる。



三嶋かよ:その空間に雨さんの作品があるっていうのを思い浮かべるだけでも、ゾクゾクする!



香久山雨:面白いじゃん?その共同浴場で体洗ってた人たちはみんなほとんど死んでるわけで。そこで私は、ちょっとヴァニタス画チックっていうか、死者みたいなもののイメージが強い絵、骸骨と花とかを描く。そして巷房2という場所を介して死者と繋がる。というのも、私の中ではコンセプトとしてあるんだよね。歴史を感じてもらいたい。



三嶋かよ:相性ぴったりな場所だね。今の雨さんにとって良い場所なんだろうなぁ。楽しみだね。その場所の雰囲気も見てみたいなと思います。


個展の展示数を欲しいんだけど、何点ぐらい作品は見れるの?



香久山雨:大きい作品が4つぐらいと、バックヤードになっているところに小さい作品をいくつか出そうと思ってます。大きい作品をは全部1メートル以上ある。結構、圧があると思います。



三嶋かよ:圧倒されそうだね。その空間で。



香久山雨:骸骨たちに囲まれてちょっと息苦しいくらいの感じを、私は目指してる。バックヤードの方に行くと小品があって、息抜きができる。骸骨の圧迫感から逃げられるくらいの空間は創っておくから。でも、大きい作品をメインにして出すので、気軽な感じではない。



三嶋かよ:なるほど。ありがとうございます!


初めて私が雨さんから、個展を考えてるって聞いたのが5月の終わりで、そこから7ヶ月経ってるんだけど、個展を決めてからこれまでの心境の変化を、お話しいただけたらと思います。



香久山雨:描けば描くほど諦めが肝心だっていうということを思い知らされてる。もっと描きたいとか、本当はもっとこうしたいのにっていうのが常にあるわけですよね。画家だから、私は。でもやっぱり、時間的制約、体力的制約、その他もろもろ、理想まで行けないということの方が圧倒的に多い。だけど、それはそれで良いんだっていう風に思えるようになってきたのが、すごい成長だと思う。


前は許せなかった。許せなくて、自分がいけないんだって思ってた。自分に実力がないとか、自分に体力がないとか、自分に計画性がないからダメなんだって。自分をいじめる理由に使ってた、作品制作を。理想があるからそういう気持ちになるんだけど、ただ、理想があっても自分のことをいじめなくてもいいじゃん。



三嶋かよ:本当はね。



香久山雨:そう。理想があるのは良いことなのよ。それがないと上手くならないし、創りたいものも創れないから。だけど、そこに辿り着かなかったからって自分をいじめなくてもいいんだと、やっと飲み込めた。



三嶋かよ:大きな変化だよね。きっとそれは。



香久山雨:逆に言うと、自罰的になっていられる程、今まで暇だったんだ!みたいな。



三嶋かよ:時間的な余裕ってこと?気持ち的に?



香久山雨:時間的にも、気持ち的にも。個展を決めれば、自分の作品しかないから、もう全部自分の責任じゃん。どれかの作品が納得してようがしてまいが、出さなきゃいけないのよ。ちゃんと出したいじゃん。でも、今まで切迫感がなかったんだなって。何がどうであろうと、ここまでやるっていう風に決めたからこそ乗り越えられたと思う。だから自罰的になってる時って、暇なんだ。



三嶋かよ:なるほどね。ある意味追い詰められてからの方が、開放的にと言うかね。



香久山雨:もうね、どうしようもならないっていうことが分かったんだよ。自罰的になってるあいだは、自分を責めればどうにかできるって思ってるの。自分を責めることで、もっと奮い立たせることができるとか、勘違いしてるんだよね。でも、そんなことをしてる余裕もないってなった、今回は。そんなことしてる暇があったら、ちゃんと寝てちゃんと描いた方がいい、っていうことにやっと気づいた。



三嶋かよ:だからやっぱり、雨さんにとって個展をするって決めてからのこれまでの期間は、「気づき」の時間なんだよね。


次回は、雨さんの作品作りのプロセスについて、お話しを伺っていきたいと思います。



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【香久山雨 個展】

2021/01/08 ~ 16 (会期中無休)

12:00~19:00 (最終日 17:00まで)

東京都中央区銀座1-9-8 奥野ビル B1F 巷房2

✴︎ギャラリーホームページ

http://gallerykobo.web.fc2.com/

【solo exhibition 】

2021/01/08 ~ 16

(We open everyday during exhibition)

12:00~19:00 (last day 17:00)

KOBO2 B1F Okuno building 1-9-8 Ginza Chuo-ku Tokyo-to JAPAN



香久山雨スペシャルインタビュー「創造の向こう側へ」ナビゲーターをつとめます、マインドフルネス・セラピストの三嶋かよです。


2021年1月に個展を開催する、香久山雨さんにお話を伺うスペシャル企画です。雨さん、自己紹介をお願いいたします。



香久山雨:私は現在31歳で画家として活動する傍ら、オンラインで絵画教室の先生をやったり、エステサロンの経営を5年前から続けています。


他にもビジネスとか、パートナーシップのコンサルタントをやったり、医学系の学会誌で論文を寄稿したり、興味のあることをいろいろとやりながら生活をしています。



三嶋かよ:私と雨さんの関係について、ちょっとだけお話ししていきたいんですけれども。二人のやり取りをさかのぼったところ、初コンタクトが2019年の2月でした。


私は雨さんのブログの読者で、当時個人セッションを受けに行ったのが一番初めの雨さんとの出会いです。その後雨さんが主催されていた、ビジネスコンサルに参加したり、かなり濃厚な半年間を過ごしたんです。


その前後に、会社員をやめてセラピストになって、その後シンギングボウルのセラピーを私は行ってるんですけども、そのセッションを雨さんが受けてくださるようになったりして。雨さんが私のクライアントでもありますし、私が雨さんのクライアントでもあるという、とても面白い関係なんです。


雨さんには、様々な顔がありますよね。先ほど自己紹介していただいた通り画家であり、アーティスト表現者であって、文筆家でもあってビジネスコンサルもされていらっしゃいますし、サロン経営もされています。そういった様々な顔がある中で、画家としての雨さんというのは、ご自身の中でどんな役割があるのか、どんな存在であるのかお聞かせいただけますか?



香久山雨:ちょっとここからリラックスして話したいので、タメ口で行きます!

私にとって画家っていう仕事は、本当に浮世離れしまくってて、やばいぐらいなんだよね。


文筆業とかコンサルとかサロン経営っていうのはお金が貰えるっていうことが分かってるからやってる。で、お金が貰えるって分かってる中で、好きなことだから続けられてるんだよね。だけど画家っていう仕事は本当に、持ち出しばっかみたいな。持ち出すだけ持ち出して、それが本当に利益になって返ってくるか、なんてさっぱり分かんないだよね、お金に換算しちゃうと。


だけど、なんでそれでも真剣に絵の勉強し始めて、もう15年経つんだけど、なんで15年やってきてしまったかというと、自分の知らない自分にやっぱ出会ってしまうからなんだよね。その自分の知らない自分っていうのに出会った時に、私は私をコンサルしてるって言うか、自分で自分をセッションしてるって言うか、自問自答の時間なんだよね。絵を描いている時間っていうのは。


絵を描いて何か出来上がりましたってなった時に、ハッとするんだよ。なんで私こんなもの作ったのか分からない、いつも。で、この絵の源流っていうか、発想がどこから来たかっていうのもね全然わかんないの。


すごい分かりやすく例えると、私の絵ができる最初の過程っていうのは、夢を見るみたいなところから始まってるんだよね。夢ってさ、実際に眠ってる間に見る夢と将来こうなったらいいなぁみたいな、希望的観測の夢って二つあるけど、なんかどっちも同じで、私にとっては。要するに、現実から切り離された世界っていうことなんだよね。現実から切り離された世界の中に自分がいて、その世界の中で絵がポンって生まれてくるの。


それってどういうことか、よく分からないと思うんだけどね。でも、寝てる時に見る夢っていうのは、寝てるじゃん自分は。だけど脳は半分は起きてるわけじゃん、自分の中の記憶とか経験とか。あとは、その寝てる間の温度とか、その寝てる時の体感が、すごく複雑に絡み合って見るのが夢だよね。私の絵が生まれる時っていうのはね、それと同じことが起きてるの。起きていながら、覚醒してるんだけど、寝てる時みたいなことがね、私の中で起きてるんだよね。


どういう時にそれが起きるかって言うと、散歩して音楽聴いてる時が多いの。散歩して好きな音楽聞いて、フフフーンて歩いてるじゃない?そうしたらね、イメージとしては、私の頭の中に四角い金属の板みたいなのがあるの。そこにふとした瞬間に磁石のちっちゃい玉みたいなのが、バババババてくっついてくるのね、バーって。それが、その磁石があるべき位置にピタピタピタッとその板にくっつくと、それが絵になってるの。


そういう感じで歩いて音楽を聴いてると、瞬間的に、こうファーっと頭の中に絵が出来るの。これは意図してないじゃん、私が。意図してないから夢と一緒なの。だから私の潜在意識みたいなものが、多分ね、何かしらのきっかけで、ポンと新しいイメージを作るんだよね。それが私にとっての絵で、私が意図的にやってることじゃないから私にはわかんないんだよね。


私が絵を書く意味っていうのは、自分の中から生まれてきたよくわからないものを自分が描くことによって追体験するじゃん。もう頭の中にはあるんだけど現実にはないから、私は自分の体を使ってそれを創るわけじゃん。創る過程で理解してくの。創りながら、この絵がなんだったのかっていうのを。出来上がった時に「あ!」って思う。これはこういう事だったんだっていうのが。でも、出来た時に分かることまでは、まだ分からない時もある。まだ分からなかったら、展示したりとか自分で長く眺めながらまた考えるよね。自分が思いついたこの絵が、なんなのかっていうことを問い続けるの。


だからこういう仕事は、他のお金をもらってその中で頑張る仕事では、ちょっと難しいじゃん、こういう経験は。難しいし、こういう経験をしたことがある人っていうのもどのくらいいるか、ちょっと分からないんだよね。かよさん、ある?ない?



三嶋かよ:ないない!初めて聞いた!その散歩しながら、そういう絵が浮かんでるって言う事も初めて聞いたし、それがきっかけになって、それを表現することで、それが何を表してるのかっていうことを自分で探っていく作業なわけだよね。絵に描くっていうことがね。



香久山雨:私はこういう話を普段はあまりしないよ。だって変な話じゃん、話してもよく分かんない。頭の中に金属の板があって磁石がくっついてくるんだよ。ちょっと怪しいじゃん。怪しいし、何て言うのかな、私は夢もすごいいっぱい見るんだよね。意図的に、3日間くらい眠り続けるとかいうのもやる。


というのは、何か現実に対して不満があるの、そういう時は。不満があって、でも不満があるけどどうしたらいいのか分からない時ってのがあるじゃん人って、その時にね。不満がある現実をどれだけ深掘りしても、不満しか出てこないんだよ。やっぱり、現実の中では。だって私は不満にフォーカスしてるからね。だからこんなことやってても埒が明かないから寝ようって思う。


寝ても、体の疲れが取れちゃうと、ぐっすり眠るって出来なくなるんだよね、人って。だから浅い眠りが続くんだよ、二日目くらいから。するとね、絶対夢を見るの。すると現実と関連性のある、でも現実とは違う夢っていうのを、いっぱい見るのね。その中で、現実に起きてることと、ちょっと夢で起きてることの価値が同じぐらいになってくるのがあるんだ。その境目がなくなってくるの。夢と現実の境目がなくなって合体するのよ。合体して、あ!こういう現実にしたいっていうのが分かる時がなんかくるんだよね、寝続けてると。夢の中で答えを作ってる、自分で。そうなったら起きて活動する。



三嶋かよ:なるほど。だから肉体的に体を休めるっていうのはもちろんだけど、答え合わせに行く。



香久山雨:そう、眠ることで答え合わせにいくの。結局さ、私たちが起きてる時に使ってる顕在意識ってやつって5%しかないとかってよく言うじゃん。これは私本当にそうなんだろうなって思うの。こういう経験を通して、自分にとって本当に大事なことって、やっぱね顕在意識に昇ってきてないんだよね。まだ気づいてないのよ。だから気づきに行きたいの私は。積極的に気づきに行くために、やることが寝ることと、絵を描くことなんだよね。



三嶋かよ:それはちょっと新しいね。そういう風に成り立ってるって言うのは。今まで雨さんとたくさん話してきたけど、初めて聞いたこと。



香久山雨:変な話しすぎて、あまり話したことなかった。せっかくだから話してみたんだけど。それでこの、私と夢の関係とか私と絵の関係っていうのが、すごい相互的じゃん。ものすごく私が、こう、絵を描くためにリーダーシップを取って何かをやってるって言うのとは違うじゃん。お互いに支え合ってるっていうイメージなのね。これが何か私とかよさんの関係にすごく近いなって思ってる、今。


結局さっき言ってくれたみたいな、かよさんが私のクライアントで私もかよさんとクライアントなのよ。普通は、まあ普通っていうか、よくあるビジネスの関係って言うと、あなたがクライアント、私は仕事する側っていうか、与える側みたいな感じで、与える側と与えられる側っていうのが結構固定してる関係が多いよね。



三嶋かよ:その関係はあまり崩れることはないかも。



香久山雨:崩れることはないんだよ、でそういうカチッとした崩れない関係というのが色々あるっていう形だよね、今のビジネスの世界って。なんだけど、私は今までずっと絵を描いてきて、この与える側と与えられる側があるっていう関係性っていうところから、創造的なものが生まれないっていう確信がある。



三嶋かよ:え、それはどうして?



香久山雨:どうしてかっていうと、何て言えばいいかな。結局、自分っていう人間は多面的じゃん。ものすごい色んな自分がいるじゃん。自分の中に自分でも気づいてない自分がいるわけじゃん。今は私が与える側です、仕事人としてプロとしてやりますっていう時って、そのプロとしての自分しか出しちゃいけないと思ってるから、みんなそれが責任だと思ってるじゃん。だから、なんか甘ったれっていうかプライベートな自分の顔って出せないじゃん。


出すにしても、ちょっとなんか変化球として出すくらいの話であって。あくまでもプロとしての自分っていうのがそこに枠として最初にある。その中に自分をねじ込んでいくみたいな、そういうイメージなんだよね。


逆に、何かサービスを受け取る側、与えられる側の自分っていうのも、与えられる側はこうあるべき、みたいなのがあるんだよ。やっぱり期待値がある。だから役割に自分を押し込んでるんだよね。良いカスタマーとはこういうものだとか、良い仕事人とはこういうもんだっていう固定観念が、私たちの中には絶対ある。その中でどれだけ力を発揮しようと思っても、限界があるのよ。


これは私の中にあるその現実の世界を見てても、その枠の中でしか活躍できないというのに近い。だから私はその中で起こりうる事っていうのは、たかが知れているって思ってるんだよ。だから夢を見に行くの。その枠を外したいからっていう目標が、私は絵描きとしてずっとあった。それを現実にしたかったんだよ。やっぱり、現実にする一つの手段として絵を描くっていうのも、もちろんあったんだけど、私は欲張りだから、それを現実の人間関係にもやっぱり広げたかったんだよね。絵と私の関係性を、本当にリアルな人間と私でも同じ関係性を作りたかったの。だから画家じゃなことも、いっぱいやってきたんだよね。


画家が別に、サロン経営とかコンサルなんてしなくていいの。私のさっきの自己紹介聞いて、何で画家なのに医学誌に小論文を寄稿したり、コンサルとかサロン経営もしなくちゃいけないんだって思われるだろうけど。私はどうにかこうにかして、自分が理想としてる関係性っていうものを、現実の世界にねじ込みたいんですよ。人と人との関係性を。


絵描きってすごく、絵を完成させればそれで仕事が終わりって思ってる人多いかもだけど、実はそれは仕事の半分でしかないんだよね。その創り上げた絵を、どう社会に溶け込ませてくっていうか、社会でどう認知されていくかっていうのが、もう半分の画家の仕事なの。日本の美術の業界は、その仕事をちょっと疎かにし過ぎてるのがあると思う。職人芸になっちゃってる。


アーティストっていうのは、本来文化を創るとか社会を創る仕事なんだよね。だから私はまず、絵描きとして理想的な自分はこう、と考えた時に、ハードルを高くしすぎた。だから一気にそこに行くのは無理だって思ったの。そこに辿りつく前に、お金稼げないで飢死ぬなと思ったんだよね。だからとりあえず、そこにたどり着く前に、画家よりも楽に稼げるフィールドがあるなと思った。そこで自分なりに、理想とする人間関係を構築する努力をしたかった。それで大学出てすぐに美容業界に入って独立した。なので実は、私が目的として持っていることっていうのは、絵を描いてても、サロン経営をしてても、コンサルをしてても、文筆業をしてても同じなんだよね。


固定化された人間関係、その役割っていうものが最初から決められていて、そこに個人が、生身の人間である多面的な顔を持っている個人っていうのが、ねじ込まれていく。その中で無理して生きていくっていうのではない社会が欲しいんですよ、私は。そういう社会の中で生きたい。だからそれを作ってますって感じ。



三嶋かよ:なるほどね。その枠内での役割を演じてるだけだと、限界があるしね、表現者としても。社会全体が、どちらがというとそうだよね。枠の中にはまっている自分を本当の自分と思い込んでしまっているところもある。



香久山雨:そうそう。それこそかよさんだって、会社員やめたじゃん。

そういう枠の中から出たかったんだよね。



三嶋かよ:出たいと思ってた。



香久山雨:それはひしひしと感じた。最初にセッションに来てくれた時、なんか暗かったもん。



三嶋かよ:そうね、あの時は闇期ど真ん中で。



香久山雨:今これだけ軽やかに色々話して下さってるけど。すごい神妙な面持ちだった、最初に私のセッションに来てくれた時。



三嶋かよ:そうね、あの時はもう本当に、雨さん何とかして!話し聞いて!っていうテンションだったね。



香久山雨:そうそうそう。だからさ、やっぱりこう長く社会の中で「あるべき姿」っていうものに押し込められて、その中で一生懸命頑張ってしまった人の限界みたいなものを、その時私は見てた気がして。



三嶋かよ:そうかもしれない。本当にギリギリ。もう無理だなって。



香久山雨:ギリギリの緊張感みたいなのをね、なんか感じた。だからそういう姿を見ると辛いよね。



三嶋かよ:辛いよね。



香久山雨:私はやっぱり辛いなと思った、あの時のかよさんを見て。でもその時私にできることっていうのは、限りがあるからさ、自分ができることだけして、さよならってしたけど。それでもこうやってご縁が続いて、今こうして会社員だった時とは全然違う顔を持って、社会に出てるかよさんていう人に私は今出会えていて、すごく良かったなって思う。



三嶋かよ:あーそれは嬉しい。



香久山雨:こういうた達成感は、やっぱり自分の頭の中にあった絵が現実に出来上がった時の達成感と同じ同じなの。だから私結構、コンサルとかやってても、すごい熱心だと思うのよ、自分で言うのもなんだけど。



三嶋かよ:すごい熱心だと思う。丁寧。



香久山雨:かよさんが参加してくれてる私のコンサルっていうのが、グループなんだよね。だから私が、他の人にどういう風に接してるかっていうのも、かよさんは見てくれていて、熱心だなって思って見てくれてるわけだよね。だけどそれは、やっぱり自分の中にある、自分が必要としてる社会のイメージに、私が何とかこうそれを作りたいという気持ちがあるから、それだけ熱心にできるんだよね。


世に言う画家という人たちは、どっちかというと内向的ってされてる人が多くて。自分の作品が納得いくように描けて、それがまあそこそこの値段で売れていて生きていければ満足ですっていう人が多いような感じがするけど、私はそんなんじゃ全然満足できない。私が関わる社会ていうものが、私の思い通りになんなきゃ嫌って。理想的になんなきゃ嫌って思ってる。こういうコンサル的な仕事とかも頑張っちゃう。


サロンの仕事っていうのは、美しい人を増やすっていうのは、私の喜びの一つだよね。街に歩いてる人が、美しかったら私は嬉しいし。自分の体を労わるということの大切さを伝えるって事もすごく好き。そういう満足感というのがあるから続けられてるって言うのはあると思う。そんな感じですかね。



三嶋かよ:私から見てる雨さんって、画家でもあるんだけど、ちゃんと社会との接点を積極的に取りに行っていて丁寧だし、そうやってグループでコンサルをしたりとかっていうね。私もすごく学ばせて頂いています。


次にですね、画家としての雨さんをもうちょっと掘り下げていきたいんだけど。絵を描き始めた頃、何か小さい頃の思い出だったりとか、エピソード、もしくはなんか好印象的な作品でも何でもいいんだけど、小さい頃の話しを聞いて行こうかな。



香久山雨:覚えてるのは、私の母方の祖母の家に麻雀台があったの。その麻雀って参加できるの四人だけじゃん。私は両親と兄二人がいて、その五人で祖母の家に行くのね。そうすると六人いるじゃん、人が。でも麻雀は四人しかできないじゃん。で、必ずその麻雀からあぶれるのか、私と父なんだよね。祖母と母と兄二人が麻雀する人、私と父は麻雀しない人だった。


父は、部屋にこもって好きな事やってた。私はその時に絵を描いてたんだよ。あぶれ者が何やってたかっていう話し。麻雀に入れてもらえなかった人たちが、何をしてたかっていったら、幼い時の私は絵を描いててね、祖母がお花が好きで、ガーデニングしたり、花生けたりとかすごい好きな人だったから、みんなが麻雀してる脇で、私は花の絵を書いたりとか。あと、自然が多い所だったから、ちょっと外に出て写生したりとかしてね。何かを見て描くのが好きだったね。私の母の話だと。絵が描けるものを持って、美術館とかでねやっぱ写生してたんだって。小ちゃい時から。



三嶋かよ:それは雨さんは覚えてないの?



香久山雨:あんまり覚えてないけど、本当に小さい時から物を見てずっと描いてたよって。で、とんでもなく無口だった。淡々と描いてたらしくって。だから私は、幼少期の時に社会と関わるっていうのは、やっぱり絵を通してだったんだなっていうのは、今振り返るとすごい分かる。


結局、麻雀とかって、ワイワイ喋りながらコミュニケーション取るじゃん。でも私は全然喋らない子だったから、黙々と紙と鉛筆もって、描く対象がある。でも無言のコミュニケーションというのがそこに生まれていて。出来上がったものを人に見せれば、何かリアクションは貰えるんじゃん。「上手ね」とか。出来上がったものがあったから、私は生身の人間とも話しをすることができたの。絵を通してできたの。やっぱり絵があって良かったなってすごい思う、今は。典型的な暗い子だよね。



三嶋かよ:静かに絵を描いてる大人しい女の子。



香久山雨:でも結局私はそこで画家になろうとは思ってなかった。なんか写生は好きだったの。漫画をそっくりに書くとか、そういうのは大好きだったんだけど、オリジナリティのある作品を描くみたいなことに、真剣に向き合い始めたのは、結構遅かった。それが16とかで。


何があったかって言うと、父が病気で死んだんだよね。私それまで音楽が好きだったから、音大に行こうって思って音楽の勉強してたんだけどね。父が入院してて、助からない病気だったの、癌だったから。どんどん痩せてくのよ、お見舞いに行くたんびに。辛いじゃん、親のそういう姿を見るのは。


どんどんどん小さくなってって、なんか本当に命が終わっていくっていうのを感じる日々。その中で、ある日突然、その父の体がすごい美しいものに見えた。すごい腕が細くなっててさ、もう骨と皮みたいな感じになってるんだけど。その腕を見た時に、なんて美しいんだろうって思った日があったのよ。


私はその記憶を家に持ち帰って、父の手のスケッチをしたの。この時に私、画家になろうと思った。自分の感じたことを絵として表現するっていうことを始めた。



三嶋かよ:表現プラス、記憶を残しておく?



香久山雨:そうだね。この時私が何を感じていたかっていうのと、この時私が何を見てたかっていうのを、残したかったんだと思うんだよね。だって父は死んじゃうじゃん。残らない人なのよ。この世に。だから私が残したいっていうのもあったし。


後もう一個は、感情の処理だったのかなって思ってる。結局、辛いことなのよ、人が死ぬって。しかも親が死ぬ、だからね。悲しいんだけど、悲しいってばっかり言ってちゃ人っておかしくなっちゃうじゃん。生きていけないじゃん、てなった時に、私はその「悲しい」っていう気持ちに「美しい」っていう気持ちをドッキングさせて、生きていくことにしたんだと思う。


美しいものが好きだったから、私は。子供の時から。花が好き、クラシック音楽が好きみたいな感じで、きれいな服も好きで、みたいな。美しいものがすごい好きだから、その、目の前に広がってる悲しい事実を「美しいもの」だって風に解釈することで、それに向き合えるって事だったのかもしれない。もしくは、その悲しい事実にちゃんと向き合うために、無理やり美しいって感じるようにした。



三嶋かよ:悲しみだけに向き合うと、前に進めないからね。



香久山雨:進めなくなっちゃうから、その悲しみの感情をいかに向き合える形に変化させていくかっていう時に、私はそこに「美しさ」というのくっつけたんだと思う。それって頭の中で考えてるだけじゃ、誰にも伝わらないじゃん。死んでいく父さんの手がすごい綺麗でって言っても、大体の人には分からないから、描かなきゃいけなかったんだと思う。



三嶋かよ:雨さんの目から見えている美しいお父さんの手っていうのは・・・



香久山雨:私にしか創れないじゃん。



三嶋かよ:言葉では表現しにくいしにくいしね。



香久山雨:しにくい。できる人もいると思うけどね。小説家とかだったら。この死んでいく人の姿が、いかに美しいかっていうのを言葉で表現する人も、もちろんいるけど、私の場合は絵だった。


私がもっと音楽の才能があったら、音楽で表現できたかもしれない。だけど私はその時に、音楽じゃなくて絵で表現することを自然に選んだから、ここで私の将来の道が一個変わった。それで音大受けるのやめようって思った。美大に行こうって決めた。



三嶋かよ:お父さんとの関係、お父さんが死に向かっていく姿を見ていったっていうのは、悲しい経験ではあるけども、雨さんに与えてくれたギフトかもね。



香久山雨:そうそう、そうだし、やっぱり自分が経験した事っていうのを、プラスに使わなきゃダメだっていうのをもう分かってたんだよね、その時。父がもう助からないって分かったのが私が13か14の時で、死んだのが16の時なんだけど。でももうその頃には、もうさ自分の経験というもの全てを受け入れて、プラスに転換して行かないと、人は生きていけないんだって事はもう分かってた私は。



三嶋かよ:どこか、準備してたところはあるかもね。



香久山雨:そうそう。死ぬまでに3年くらいあったから、その間に準備してたんだと思う。どうやって受け入れて、自分が生きていくかっていう。その時に一番助けてくれたのが絵だったなって。



三嶋かよ:なるほどね、なんかちょっとうるうるしてきちゃった。ありがとうございます。お話しを聞いてると永遠に続いちゃうので、第一回目はこのくらいにしておこうかなと思います。


ありがとうございました。



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【香久山雨 個展】


2021/01/08 ~ 16 (会期中無休)

12:00~19:00 (最終日 17:00まで)


東京都中央区銀座1-9-8 奥野ビル B1F 巷房2


✴︎ギャラリーホームページ

http://gallerykobo.web.fc2.com/


【solo exhibition 】


2021/01/08 ~ 16

(We open everyday during exhibition)

12:00~19:00 (last day 17:00)


KOBO2 B1F Okuno building 1-9-8 Ginza Chuo-ku Tokyo-to JAPAN



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