#04 表現することで味わえる快感【香久山雨スペシャルインタビュー】

香久山雨スペシャルインタビュー「創造の向こう側へ」ナビゲーターをつとめます、マインドフルネス・セラピストの三嶋かよです。




三嶋かよ:今日は4回目ということで、雨さんの創作中のマインドについて伺っていきたいと思います。


私と雨さんは心の話や精神世界の話ををすることがとっても多いんですけれども、雨さんが創作をする時、絵を描く時にどんなマインドなのかお伺いしたいんですが。絵と向き合う時の、雨さんの心の状態をお聞かせください。




香久山雨:向き合う時一番ベストな状態は、何もかも忘れるっていう事なのね。「絵を描いている自分の存在」も消えちゃうぐらい集中してるのが一番ベストで気持ち良い状態。ただそれが出来てる時は、どちらかというと特殊かな。いつもそういう状態になれてるわけではなくて、いろんな邪念とかがあるんです。間違えたとか、お腹空いたとか、色々ね。


そうやって自分が経験してきた中の、ベストではない時も、これでいいやと思って描き続けるのが、私と絵の対話かな。そういう感じの時が多い。




三嶋かよ:雨さん主催のビジネスコンサルの講座を受けている時に、「許しのワーク」というのやったんですよね。自分に対する「許しの1000本ノック」っていって、自分に課している制限を、毎日みんなでシェアし合っていた。それをやりながら、いかに自分にルールを課していたかに気づけたんだよね。その自分への制限を一枚一枚剥がしいく。すごく面白い体験だったんですけども、自分への許しみたいなものが、雨さんの創作に影響する事ってありますか?




香久山雨:私がやってるビジネスコンサルの特徴は、私も一緒に参加することなんだよね。私はその時「許しの1000本ノック」をみんなと一緒にやったわけですよ。一番最初は、みんな食べ物の話題が多かった!「こんなに食べちゃいけないと思ったけど、食べるのを許しました!」みたいな、そういうのが多くて。


でも、私たちはこれくらい「別にいいじゃん」って思えることを、ものすごく我慢してるんだよね。自分にとっては、それをやってしまったら「地球が終わる!」「自分の世界が崩壊する!」というくらい、「やっちゃいけない!」って謎の制限をかけているんだよね。


私は1回、食前にクレープ食べて、食事を食べて、食後にクレープ食べたことを、くだらないけど「許しの1000本ノック」に入れたんだけど、そういうのも制限なんだよね。子供の時から「アイスは一日一個」みたいな教えがある。クレープを一日二個食べたい人がどれほどいるかは知らないけど、やっぱり、そういう子供の時から培ってきた他人の声、親の声とか、一般常識みたいなもので「デザートは一日一個でしょ。」と決めている。でも、一日二個食べたって死にはしないじゃん。そういうことが、私たちの生活には、蔓延してるんだよね。


私が絵を描く中でも、そういう意識があることに気づいた。「こうじゃなきゃダメだ!」「こういうコンディションじゃないと描いちゃダメだ!」とか、あったんだよね。それを一個一個外していった時に、やっと毎日絵に向き合えるようになった。それまでは「今日はダメ!」という、及第点を取れるコンディションじゃないから描けないって思い込んでいたこともあった。それを、自ら許していくことで「コンディション悪くてもいいや」って思うようになっていく。


「許しの1000本ノック」をやっていく中で、やっと今年の下半期ぐらいに、毎日なんとなくダラダラでも描こうって思えるようになった。それくらい、コンディションに完璧を求めてた、「自分を許す」ということに取り組む前は。




三嶋かよ:私から見てても、雨さんが絵と向き合ってる時って、とても苦しそうだったんだよね。




香久山雨:去年くらいまで、本当にしんどかった。死ぬかと思うくらいしんどかった。体も辛かったし。でも今は、体もそこまで辛くないからバランスが取れてきて、辛くなっちゃう前に、止めればいいんだっていうことに気づいた。冷静に考えれば、当たり前じゃん、こんなの。辛くなる前に止めればいいのよ。「これ以上やったら辛くなっちゃう」って分かった瞬間に止める。そして休んだりすればいいのに、私はそれが出来なかったんだよね。


自分のことを許していくという作業は、自分が何気なくやってきた行動を、一個一個、細かく見るっていうワークでもあった。だから自分自身に対する観察が細かくなったんだよね。そのおかげで、自分がこの一線を越えたら苦しんでしまうっていう境目も分かるようになったの。




三嶋かよ:今までそれも気づけてなかったんだ。




香久山雨:気づいてなかったというか、無視していたのもあるかもね。薄々、体が痛んでるのはわかってるけど、でも描かなきゃと、へんに鞭打ってた。でも、「許しの1000本ノック」を通して、辛くなる前に止める、ちょっと休んで、また辛くなくなったらやるっていう、すごく当たり前のことが

やっとできるようになってみると、なんで今までできなかったんだろう?と思う。できなかった。たったこれだけの工夫が。




三嶋かよ:ずっと制限をかけてたんだよね。




香久山雨:制限をかけてた。「これぐらい頑張らないとできない」とか「これぐらい無理をしないと私は絵が描けない」という変な思い込みもあった。けど、本当はそんなことなかったんだよね。




三嶋かよ:そこに気づけて、絵との向き合い方が変化してきたのかな?




香久山雨:そう。だから、無理しないっていうことを学んだから、絵を描くこと自体が楽しくなった。その気持ちがあるから、絵に宿ってる私の気持ちも、楽しいという要素が増えてきたなって思う。そして、こんなに楽しい気持ちで描いてるんだったら、いろんな人に見せたいっていう話につながっていく。結局、自分が適宜休むっていうことを自分に許せていなかったら、個展もできてないわけ。



三嶋かよ:なるほど、お互いが補い合ってるんだね。前は、絵を描いている時の雨さんのことを聞くのに、躊躇があったのね。あんまりそこは深く掘らない方がいいのかなって。




香久山雨:「苦しみを掘り返す」みたいな。




三嶋かよ:そうそうそう。「そってしておこう」みたいなもがあったけど、最近は聞きやすいんだよね。「最近どう?絵の方は」って気軽に聞ける、雨さんの雰囲気がだいぶ変わったよね。




香久山雨:そうだよね。私の雰囲気が軽くなったと思う。この間、インスタのストーリーズに、「この絵がやっとできた!」という報告をあげた時に、「あまりにもこの絵を描く時にストレスがたまりすぎて、最後の方は一刻も早く消えてほしいと思いながら描いた」って付け加えて投稿したのよ。ちょっと前だったらそれも書けなかったと思う。


なぜなら、自分の絵は、自分が愛してあげなきゃダメだと思ってたから。自分の絵には、必ず肯定的な気持ちを向けていないとダメだと思ってたけど、時々、マジで憎たらしい時があるんだよ。子育てみたいな感じ。




三嶋かよ:そうだよね。憎たらしく思う時もあるよね。




香久山雨:あるよ。「私をこんなに苦しめやがって!」みたいなさ。当然のようにその怒りを表に出してはいけないと思い込んでたけど、内心、辛いものは辛いんだよ。でも、その辛さと折り合いをつけながら、私はちゃんとこの絵を描きあげたって認められたから、平気で「さっさと消えればいい!」と思ったって書くこともできた。




三嶋かよ:ある意味それも、愛情表現だよね。作品に対する。




香久山雨:私は描きあげたからね。それに、どんなに憎まれ口たたいても、絵は実際に消えたりしない。だから消えてほしいと思っても大丈夫だって知ってるの。どうせ、元気になったらまた大好きになるから。




三嶋かよ:その瞬間は「もう見たくもない!」って思うかもしれないけど。




香久山雨:そういう一瞬一瞬の気持ちを表現することに躊躇がなくなったのは、やっぱり「許しの1000本ノック」をやったから。



三嶋かよ:本当にストイックなところがあるから、見てて心配になることがあるんだけど、最近は、安心して見守れるところはあるかもね。


香久山雨:「今の雨さんなら無理はしないだろう」みたいな、そういう風に思ってもらえるようにはなってきたのかもね。




三嶋かよ:オンラインで絵画教室もしてるんだよね?どんな人が参加して、どういうことやってるのか教えてください。




香久山雨:絵を専門にやっていきたいという人は、今のところいないです。サラリーマンとか起業家とか、色々な仕事をやってる人が、絵も好きで、でもあまり描く機会がなかったから、今やってみたいと思いました。っていう人が多い。絵を描く経験が少ない人の方が多いんだよね。「ずっと描いてきて超上手いです」みたいな人は全然いなくて、道具の使い方もよく分からないところからスタートしてる人がとっても多い。


そんな人たちに私が伝えたいなって思ってるのは、「上手くなれるから幸せ、というわけじゃない」ということ。



ついつい、絵って「技術が上がれば色んなものが描けて、すごく面白いんじゃないか」と思うんだけど、意外とそういうわけでもない。もちろん表現の幅が広がって、色々なものが描けるようになる喜びはあるんだけど、その前に、自分の中にあるものを外に出した時の喜びをちゃんと感じて欲しくて。それは出来上がったものが技術的に素晴らしかろうが、全然素晴らしくなかろうが、変わらない。人間には、出せた喜びがまずあります。


普通に生活してると、自分の感情をむき出しにして表現することないじゃん、大人は特にそう。子供の時みたいに感情的に大泣きするとかも普通はない。自分の感情を元に何かを作って、それが仕事になってる人も多くはない。生活してて、自分の感情の生かし所があんまりないんだよね。だからストレスが溜まるんだよ、表に出してないから。本当は出したい、でも出せない。そして自分の中で感情が腐って重くなってく。だからそれを出すっていうだけでも、体は嬉しがるよ。


絵を描くっていうのは、出す表現の一つ。それは「自己表現」って言い方をすれば聞こえがいいけど、ただの排泄でもあるよね。出来上がったものがどうであれ、出たら嬉しいら気持ちいい。まずその感覚を知ってほしい。私がそれを伝えられているかどうかはまだ全然分からないけど。その快感がベースにあれば、やめないで済むんだよ。だって気持ちいいから。逆に、上手くならなきゃとか、先生に褒められるようにしなきゃってなっちゃうと、辛くなる。




三嶋かよ:思いがちだよね。




香久山雨:

私は長く続けることにすごく意味があると思う。それは、私が15年間絵を続けてきて気づいた大切なことが沢山あるから。あと、15年くらいピアノを習って分かることがあるとしたら、趣味であっても、なんやかんや続けると必ず気づくことがあるってこと。そして、何やかんや続けるためには、他人と比べる事や褒めてもらうことをモチベーションにしないのが大事。

三嶋かよ:そうだね。なかなか難しいよね。




香久山雨:難しい。だから「究極の自己満足」に挑戦して欲しい。この世に自分しかいなかったら、それでもあなたは絵を描くか?極端な話だけど、私は絶対描くね。見せる人がいなくても描く。なぜなら描くことそれ自体が気持ちいいから。前の回でも言ったけど、芸術家の仕事っていうのは、作品を作ることプラス、その作品を世に出して、文化にしていくことがあります。


まず、なにより描くことそのものの気持ちよさを知らないと、後半の部分の仕事、それを人に見せて文化にしていくのは続かない。どっちも必要なんだけど、でも、後半の仕事をずっと続けていくためには、前半のの快感が不可欠なの。




三嶋かよ:その快感があれば次にいけるもんね。




香久山雨:そう。それがないと、どこかで折れますから。私が生徒さんに伝えたいのは、その前半の部分の快感に気づいて欲しいということなんだよね。


なおのこと、プロじゃないんだったら前半の快感だけでいいのよ。それだけでやっていったほうが楽しいから。だけど、ついつい人は癖で「人よりも良い点をとる」とか「人よりも速く走る」とか、そういうことをする。ご褒美が貰えるってしつけられてきちゃってるから。



三嶋かよ:人より優れてると褒められちゃうからね。




香久山雨:人より優れてると、良いことがあるっていう刷り込みがある。だけどそれは趣味の世界に持ち込まなくていいと思う。もっと言えば、それでお金を稼ぐとしても持ち込まなくていい。「自分が何かを表現するのは気持ちがいいからだ」っていうのを、一番大事にしてと伝えたいと思ってます。




三嶋かよ:質問なんだけど、私はずっと会社員をしていて、アーティストとか表現者への憧れがずっとあったんだよね。だから劣等感も感じる。私には何も表現できないとか、その他大勢の枠内にいるっていうのかな。表現している人達への憧れがあったんだよね。それをちょっと視点を変えると、憧れでもあるけれど、表現者と表現しない人を区別していることでもある。「特別な才能を持ってる人じゃないと表現しちゃいけない!」みたいな思い込みもあったんです。そういう私の中の劣等感について、アドバイスするとしたら何かあるかな。




香久山雨:結局、表現をするのをやめたのは、あなたなんですよ、ということかな。




三嶋かよ:あーーーーなるほど。




香久山雨:子供は、「表現する人種」と「表現しない人種」に分かれ生まれてくるわけじゃない。みんな何かしら絵を描いたり、歌を歌ったり、子供の頃はするけど、大きくなるにつれてやらなくなる人の方が多いんだよね。外的要因はある、親の教育方針とか、お金の問題とか。色々あるけど、やめることを受け入れたのは本人なんだよね。表現することを諦めると決めたのは本人なんだよ。そのことを思い出してほしい。




三嶋かよ:なるほど。表現しないことを選んでいるのは私。




香久山雨:そうなの。だから「自分に才能がない」っていう見方をまずやめるべき。才能がないのではなく、表現しないことを選んで生きてきただけなんだと、自分自身を捉え直せばいいんだよ。そうすれば、今から表現する自分になろう!と決めることもできる。でも、才能のあるなしっていう話にしちゃうと、どうあがいたって自分にはなす術がないと思い込んでしまう。




三嶋かよ:思いがち。




香久山雨:だけどそれは、それこそ比較だよね。「社会の中で食っていくためには、これだけの才能が必要だ」という比較競争の視点。「才能がある、ない」って言う言葉使いに染まってしまいがちだけど、本当は、「表現をするか、しないか」っていうシンプルな話。


さっきも絵画教室の時に言ったけど、「表現をすれば無条件に気持ちいい」という感覚にコミットすることは、誰でもいつでもできる。それを、「できないこと」にしてるのは、あなたの視点。あなたの物の見方のせいですっていう話だから。




三嶋かよ:すごいストレートで気持ちいい!それを選択しているのは私なんだよね。




香久山雨:そうそうそう。物の見方を変えて、自分自身がどういう人間であるか、そこの見方を変えれば、表現は必ずできるよ。そこからだよねって思う。




三嶋かよ:ありがとうございます。どんどん表現していきたいなと思います!

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